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「沢田」
ある日のことだった。
紫が休み時間、私のもとへふらりとやってきた。
私はそのとき、別の友達と話していた。紫から訪ねてくるのは初めてのことで、周りもざわついた。
「何ー?」
私は、つとめて余裕たっぷりに返した。胸の内があふれるようにはやっていた。
周囲の視線が、心地よく私を撫で、かき立てていった。
「次の授業、抜けるんで。適当に言っといてください」
「えっ、何で? どしたの?」
紫は本当の平静だった。私はそれに倍以上の親しみを込めて返す。紫はとことん動じなかった。
「うーん……頭が痛い」
やわらかく曲げた中指の背で、自分の眉間をなぞる。少しひそめた眉と、まつげの影のおちる目元がぞっとするほどきれいだった。やわらかな風が起きたみたいに、皆ひきこまれている。
「――気がするんで、寝てきます」
「えっ平気?」
私は立ち上がり、紫の袖を引く。あくまで対等に見えるように。
「保健室行く?」
「うーん、入れてもらえないんで。適当に」
紫は首を傾げると、すっと私の手から腕を抜いた。それから、カーディガンのポケットに手を突っ込んで歩き出す。
ポケットからおもむろに取り出したイヤホンを耳に突っ込み、ゆらゆらと――不思議な波に乗るみたいに行ってしまった。不思議な歩き方。それでも、紫は痛い人にならない。皆、紫を見ていた。
「沢田、どしたの?」
「あっ、頭痛いんだって」
「そっか。心配だね」
さっきまでつるんでいた友達が、私の袖を引き尋ねる。興味はもちろん、紫だった。 すごい、あの桑原紫と友達なんだ。
私への羨望のまなざしが、透かさなくても見えた。その視線は、私にざらついた優越感を与えた。
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