好きだよ。

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 紫はとことんマイペースな子だった。 「桑原、そりゃあないだろ」 チョークが置かれると同時、数学教師の杉原が紫にため息をついた。心底困っているという体ながら、どこか色めきたったまなざしで、紫を見つめる。紫はチョークを持っていた親指と人差し指を、軽くこすって払っていた。  紫が首を傾げて杉原を見る。杉原は大股で問題か――紫か――どっちもか――に近づいて、赤のチョークで続きを書いた。 「ここ。ここまで、解けたらもう答えだろ。全くもう少し踏ん張れ」 「っす」  紫が頭を下げる。杉原は眉を下げてあきれたふりをした。 「お前はできるのに、本当に覇気がないなあ」  戻れ、言われて紫はゆったりと席に戻った。  杉原は決して優しい教師じゃない。さっき出した問題だって、やさしくなかった。  紫はそれを五分の四くらい、流れるように解いて、飽きたみたいに止めたのだ。  あれなら、解けなかったからやめたと思わない。皆そう思っている。杉原だって、そう思ったから、紫を叱らなかったのだ。  でも、杉原は、紫だからあれを許したんじゃないかとも思わなくもない。同じようにしても、私なら怒られたんじゃないだろうか。  得だと思った。  紫は、いつでもマイペースだ。よく、それで生きてこられたと思うくらい。  けどすぐに答えは出た。  あのきれいさと独特の雰囲気、そして何でもそつなくこなせる能力の高さ。  それがあるから、誰におもねらなくても紫は紫のままでいきてこられたのだ。  うらやましかった。友達としては誇らしくって自慢だった。  けれど、また友達として、私は――疑問だった。  確かに、すべてそろっているけど、それでもあんな風にできるのは、ただ運がよかったからじゃないかと思うのだ。  ずっと、あんなに自由に生きていけるはずがない。きっとどこかで紫は頭を打つだろう。それを思うと私は落ち着かなかった。とても心配だった。
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