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「大丈夫?」
紫が栄太に呼ばれて行って、友達が、私の肩にそっと手をおいた。
「桑原って、無神経だよね」
「気づくよ、普通さ」
「やめてよ」
私は、その瞬間、燃え上がるような羞恥に前進を覆われた。汗があふれる。それは、激しい怒りに転じた。
無神経なのは、あんたたちも変わらない。毒づいてやりたかった。でも、同時にその言葉に、救われてもいた。
だから、怒りは全部、ひとつの方向に向くしか
なかった。
何で、紫は気づかないの。皆気づくのに。
「紫に拒まれた」
栄太が元気がないので、訳を聞いたらそう言った。
キスしようとしたら、「待った」をかけられたらしい。栄太はうなだれていた。
私はひどく安堵していた。けれど、栄太の屈辱へ、激しく共感もしていた。だから、ことさら優しい気持ちになった。
「あいつのことがわかんねえよ」
「何も、俺に興味がないみたいなんだ」
「何も言わないし。なら、せめてキスくらいさ」
ひたすら、暗いよどんでかすれた声で、紫への思いを吐き出す栄太が、激しくいとおしかった。嫉妬もある。憎らしさもある。でも何より、戦友のような気持ちになった。
ふと、「もう我慢しなくていい」と思った。
「栄太がいいやつなの、私はわかってるよ」
私は栄太に寄り添って、そっと膝に手をおいた。
「菜摘」
「大丈夫、私がついてるよ」
世界で一番、優しく笑えた気がした。栄太の手を取り、両手で包んだ。
心臓が、恐怖と切なさで、一杯になっていた。
栄太は私を見たことのないような瞳で見つめた。私は息が詰まった。
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