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それから、私と栄太は二人でこっそり会うようになった。
紫は全く気づかなかった。
あまり気づかないから、私はあえて紫の前で、机にスマホをおいて、栄太とメッセージのやりとりをした。最初は、恐怖と期待と緊張で、頭が一杯だった。
けれど、やっぱり紫はきづかなかった。誰から、とも聞いてくれなかった。
私はひどく自分がみじめで、傷ついていくのを感じていた。
自分勝手なことくらい、わかってる。けれど、紫は、本当に何も疑ってくれなかった。
私と栄太は、紫を裏切ってるの? でも、傷つけているのは紫の方だ。
紫につけられた傷を、私たちはひたすら慰め合った。
ほしかったものは、これだと言い聞かせながら。
栄太とキスしているところを、紫に見られた。
紫はその日、バイトのはずだった。
「なんで」
「……バイト、シフト変わったんで」
嘘だ。それじゃ、栄太に会いに来たみたいじゃない。そんなはずはない。いや、仮に、そうだとしても、たった一回きりの栄太への善行だ。たいしたことじゃない。
なのに、私はひたすら泣いていた。怖かった。終わった、そう思った。
何が終わったかもわからなかった。
「二人は付き合ってるの?」
紫はいつも通り、無表情で、何も変わらない声音だった。怒りも冷たさも、何もなかった。
その瞬間、私の中で、ぷつんと何かが切れた。
「どこまで、馬鹿にすんの!?」
とんでもない声が出た。栄太でさえ、少しひるんでいた。
「うそつき! 本当は気づいてたくせに」
「え」
紫はポケットに手を突っ込んだまま、首を傾げた。そこにいっさいのいらだちも怒りもなかった。私は悔しくて、悲しくて、仕方がなかった。
「気づいてもないなら、むかついてもないなら、もっと悪いっ! 最低っ!」
私はいてもたってもいられなくて、走り去った。栄太が、紫に何事か叫んでいるのが聞こえる。
栄太は、私を追いかけてきてくれた。
「紫と別れた。俺はお前だけだ」
栄太は私を抱きしめてくれた。私は栄太の胸で泣きじゃくった。
うれしかった。でも、それ以上に悔しくて、むなしくて、空虚だった。
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