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「……もう一度言ってくれる?」
「お前もう帰っていいぞ。俺たちのパーティーに回復役は二人も必要ねえからな」
「はあ」
うちの勇者は常々剣と拳を振るうしか能のないお馬鹿さんだと思っていたが、本当にそうらしい。それも僕の予想を超えてきた。
突然の解雇を言い渡されて呆気に取られてしまったが、彼の本気を感じるエメラルドの瞳で見つめられればこれが冗談ではないのだとわかる。口を開くだけ無駄そうだが、一応反論はしておくことにした。
「それで、どこをどうやったら不要な回復役が僕ってことになるのかな……?」
僕たちは旅をする仲間だ。旅の目的は魔王を倒すこと。その目標を掲げるパーティーはごまんといるけれど、中でも僕たちは一番それの達成に近い位置にいた。剣と拳を振るうしか能のないお馬鹿さんでもこの男は勇者で、聖剣を引き抜いた剣士なのだから。
そう、旅をしている。当然だが整備された道を旅行気分で進むわけじゃないから、危険がつきものだ。魔物も出るし野盗も出る。食うに困った人間が決死の覚悟で襲いかかって来ることもあるのだから、力任せに追い払うのも難しい。このご時世、道中の敵は魔物だけとは限らないのだ。僕が不要物扱いされるのにも納得はいかないけれど、そもそも回復役が多いのにも越したことはない。
それで、どの思考回路を辿ればその危険な旅路の仲間に『回復役が不要』って着地点に辿り着く?
「だってお前役立たずだろ」
「役立たず」
復唱する僕の背後で最近仲間になった魔術師がくすくすと笑っている。彼女は前の街で勇者直々のスカウトを受け仲間になったばかりで、腕前としては未熟もいいところだった。多分、魔術師を名乗ってはいるが階級は見習いを卒業したばかりの一番下だろう。
「言わなきゃ回復もしないし」
「だって勇者はもうレベル99だろう。ステータスが頭打ちでかなり死にづらくなっているし、かすり傷くらいで僕のヒールを使うのは消費魔力が割りに合わない」
僕は加減ができないから、ヒール一つでもかなり魔力を消費する。代わりにどんな重体の人間でも死んでさえいなければ治すことのできる精度だけれど。
「そんなのポーション飲んどけばいいだろ」
「それを飲み過ぎだって言い出したのは勇者だ」
「報奨金の3割がポーション代に消えるのはおかしいって言ったんだ!」
そうは言っても、これでも自己負担額6割からの差額なのに。他の皆は装備も回復薬も頭割りなのに。しかし、こればかりは皆に悪いなと思っていたから何も言えない。
「強化系の呪文も出し渋るし」
「あの手のドーピングは負荷が大きいんだ。道中乱用して魔王城に辿り着いた頃には弱体化してたら困るのは勇者だろう」
「それはお前の魔術精度の問題だろ! リーナのはお前のと違って強化後の疲労感がないぞ」
それはそうじゃないかな、魔術そのものが失敗しているから。細胞そのものに影響を与える肉体付与の強化は高等魔術の一つだから、ついこの間魔術師の称号を得たばかりの小娘では無理だ。
「まだ魔術師の称号を得たばかりのリーナのほうがよく動ける。彼女は天才だから元から比べ物にならないがな」
「だって、僕が動いて経験値を持っていったらその子は弱いままだろう。少しでも働かせて分けてあげないと」
僕の「弱いまま」と言ったのが聞こえたのか、背後の笑い声が止まった。
「大事な局面で使い物にならなくても、せめて僕がアシストしなくても死なないくらいまで育ってくれなきゃ、」
「──失礼。オーフェン、まさかあんたは私を手助けしたつもりでいるの?」
「つもりも何も、それ以外ないかと」
じゃなきゃあんなトロい詠唱の間攻撃されないわけがない。ひょっとして勇者だけじゃなくてこの子も、僕が遅延や麻痺を掛けてるのに気づいていないのだろうか。
勇者がいくら強かろうと、人の枠から逸脱していない存在が魔物より早く動けるわけがない。どんな刀匠が鍛治を施そうと一振りでどんな魔物の肉も断ち切れる剣なんて作れない。
もしかしてそんなこともわかってないのかと目を丸くしていると、リーナ嬢は青筋を立てて目を釣り上げた。
「逆よ! あんたは私の邪魔をしてるの! あんたが邪魔で攻撃魔術全然撃てないじゃない! 私は本来ヒーラーじゃなくて攻撃向きよ! あんたが居たら彼に良いところ見せられない!」
「まず補助系より攻撃に特化してる時点で魔術師としての才能がないし、そもそも攻撃魔術は座標の設定さえ正確なら杖から一直線上じゃなくても発動できる……」
「そんなのできるような化け物は魔術師じゃなくて上位クラスの賢者名乗ってるわよ!」
リーナ嬢の言葉に今まで静観していたパーティー最後の仲間……重騎士が小さく「え」と言ったのを聞いたが、僕はそれを無視した。まあ、彼は見たことあるからね。僕が電気を屈折させて魔物の頭上から雷撃を放っているところ。ちなみに勇者は見ていない。サポート役の僕が攻撃に回るのは勇者パーティーが壊滅寸前のときだけだからだ。棺に入る寸前で、目の前が真っ暗になり倒れ伏していたから知らなくても無理はない。
常々ちょっとお馬鹿さんだなぁと感じていた勇者一人ならまだ我慢ができた。だが、ここで仲間になったばかりの小娘にまで噛み付かれては僕も大人しい顔をしていられない。堪忍袋の緒が切れたというやつだ。
「そこまで言うならいいよ。僕は大人しくパーティーを抜けよう」
「俺は最初からそう言ってる。お前に拒否権はねえよ」
「やったぁ! 勇者様、リーナのお願い聞いてくれてありがと!」
重騎士が口を挟みたそうにしていたが、喜びはしゃぐリーナ嬢に抱き着かれそれどころではなくなったようだ。
まったくこれだから童貞は、とやさぐれた心で内心馬鹿にする。勇者も、リーナ嬢が魔術師なのに何故かビキニアーマーを装備した巨乳の美女でなければスカウトしなかっただろうに。
「けど、知らないから」
「はっ、何を言うかと思えば……負け惜しみももっとマシな言葉を選ぶんだな。お前が知らないのは恥くらいのものだろ……あれ、なんか急に身体が重く……うっ……」
お馬鹿さんの戯言と流してしまえればよかったが、溜まりに溜まったフラストレーションで流石に頭に来た。勇者の言う負け惜しみついでに無詠唱で防御デバフ・攻撃デバフ・強化無効・デバフ持続を掛けてその場を後にする。毒と麻痺を掛けなかっただけ慈悲深いと思ってほしい。
それにしても、レベル99なのにあれくらいで気絶するようでは先が心配だな。軟弱が過ぎるんじゃないかな。
「さあて、これからどうするかな」
勇者は何か勘違いしているが、別に僕は彼に「お願いです僕を連れて行ってください」と懇願した覚えなどない。あそこに居たのは王宮に勤める賢者として、勇者の旅路に同行するよう指令を受けた為である。ただの人事異動だ。
その勇者から『不要』と言われたのだから、僕が一度このパーティーから離れる理由として十分だろう。王宮には書簡でも送っておこう。不要と言われましたが何か話が通っていないのではありませんか、と。
■
あれから数ヶ月が経った。王宮には事の経緯を書簡で送り、もののついでに長期休暇を申請してある。僕は今、休暇真っ只中だ。これならいくら連絡に応じなかろうと、絶え間ないステルスで雲隠れしようとどこからも何の文句も飛んで来ない。まあ、実際は飛んで来ている文句を無視しているだけなのだが。
休暇中の人間に仕事の話を振る方が悪いのだ。とはいえ、一方的に「休暇を取ります」と言い捨てて獲得した休みなので、明けはさぞ溜まりに溜まった報告の対応に追われることだろう。
それで構わない。僕としては時間を稼ぎたいだけなのだから。
「オーフェンさん、今日はここら辺で野宿になりそうだ。平気?」
「大丈夫だよファーガスくん。君こそ、僕の出す課題によく耐えてよくついて来ている。次の街では少しいい宿に泊まろうね」
「はは……王宮きっての大賢者様に目を掛けてもらったんだ。何でもするし、できないことも頑張るさ」
「君は素直でいい子だ。勇者も最初のうちは君みたいだったんだけどなあ」
僕があのパーティーを抜けたことで、恐らく勇者の生存率はぐんと下がった。いや、正確には彼を取り巻く人間の生存率だ。彼自身は逆境に強いタイプの人間だから死ぬことはないだろう。
ただ問題は、彼が大切な仲間を自らの力量不足で失ったとき、生きる希望を失ってしまわないかということだ。廃人に倒されてくれるほど魔王は優しくも弱くもない。だから僕は次の勇者を育てることにした。伝手を使い見込みのある若者に声を掛け、旅を始めたのがパーティーを抜けた翌日の話。
「僕も君の旅路について行ってあげられたらいいのだけれど……やっぱりいずれは勇者のところへ戻らないと」
勇者本人とその周囲にはこれっぽっちも、全く、清々しいくらい、情はないけれど、仕事だから仕方ない。それに、いくらお馬鹿な勇者だの小生意気な小娘だのとあしらおうと、面識があり将来もある若者を見殺しにする理由として不十分だ。
面の皮厚く出戻ったところで大人しくパーティーには入れてくれないだろうから、しばらくは距離を取って様子を見なければならない。それで道中は死なない程度にアシストして、あとは世間知らずの集まりだから変な詐欺に騙されないかも見張って……今後のことを憂い溜め息を吐き出すと、ファーガスくんが躊躇いがちに口を開いた。
「……オーフェンさん、まだフィンレーのことが気になるのか?」
「フィンレー?」
誰だっけとしばらく考えて、それが勇者の名前だったと思い出す。あの子は出逢った当初から勇者と祭り上げられ王宮に連れて来られた才ある若者だったから、ファーガスくんのように名前を呼ぶ機会がなかった。
「どうしてそう思うのかな?」
「口を開くとフィンレーの話ばかりだ。俺よりフィンレーのところに行きたいんじゃないのか」
「それが仕事だからね。今の僕は完全オフの時間を全部君に費やしているのだけれど、それでは不満?」
途端きらきらと輝くファーガスくんのエメラルドの瞳に当てられて悪い大人めと良心が咎めるものの、それをおくびにも出さず曖昧に微笑んだ。歳下の男の子というのは実に扱いやすい。
しかし、ファーガスくんが僕のことを師として慕うのにも行き過ぎているように感じるのは気のせいだろうか。
「俺にも伝説の剣があれば勇者を名乗れるのに」
「選ばれし聖剣か。確かにあれは貴重で尊いものだけれど、そもそも道具は道具だ。上手く扱えないのなら箔をつける以外の価値はないよ。たとえどんななまくらを振るっていようが、ファーガスくんが魔王を倒せば英雄は君だ」
ファーガスくんは選ばれし聖剣こそ手にしていないが、勇者が先に抜かなければ聖剣はこの子のものだったはずだ。抜く素質は備わっている。
「新しい武器がほしいのかな? 今の剣もなかなか君の手に馴染んでいるように思えるけれど、欲しいのならまた買ってあげようか」
「い、いや! これを変えるつもりはない……オーフェンさんに貰ったものだ」
「困ったなぁ。そんなに大事にされるとわかっていればもっと良いものを用意したのに」
「これも十分良いものだ」
勇者が才能を見出され祭り上げられた若者なら、ファーガスくんは秘めた才能を埋れさせていた若者だった。いつまでも訓練用に支給された最低品質のなまくらを振るい、洗練された美しい太刀筋で力任せに叩き斬っては剣を駄目にしていた。それがあまりにも不憫だから、取り急ぎ武具屋で一番良い剣を買ったのが今持っている剣だ。
心配せずとも、伝説級の武器というのは武器が人を選ぶから、いずれは彼の手に自ら納まりに来るだろう。
「さて、お喋りはここまでだ。今日は疲れたろう、大型の魔獣を三体連続で相手したからね。そろそろ夕飯の支度をして早めに休むとしようか」
「水を汲んでくる」
「火を起こしておくよ」
川のほうへと歩き出す後ろ姿を見送りながら、疲れているだろうに本当によく働いてくれると感心する。これが勇者なら「汗流してくるからその間にさっさと火起こしとけ」などと言って僕に丸投げするところだ。大人しく火を起こして待っていたら「飯は?」とまで言い出すし。彼の中で火を起こすというのは食事を用意して温めておくこととセットらしい。
「それにしても、ファーガスくんの成長は著しいね。これなら休暇を消化し切るより先に勇者と同ランクまで上げられそうだ……と」
独り言を呟きながら焚き付け材用の葉っぱや小枝を拾い集めていると、少し離れたところから気配を感じた。
「誰かな?」
何か、ではない。誰か。ファーガスくんが大型魔獣を倒した影響でここら一帯にはその血の臭いが漂っているし、その影響で弱い魔物は逃げている。強い魔物なら気配に気づかないはずがなかった。だから人間だ。それも一人で森の中を歩いているくらいだから、余程の自信家か実力者だろう。
正体不明の誰かは少しの間躊躇って足を止めていたが、やがて問い掛けに呼応するようにざりざりと足音が近づく。その姿を認めたとき、思わず目が丸くなるのが自分でもわかった。
「勇者?」
「………………おう」
何だ「おう」って。何か言いたそうに口を開いては閉じていたが、結局言葉を飲み込んだようで彼はそれしか言わなかった。
「どうして君がこんなところに? 今まで来た道の後戻りだろう、魔王城から遠退いているよ」
「お前こそ何でンなところ居んだよ」
「僕のことは関係ないよ」
だって休暇中だし、勇者パーティーからお暇を出されたし、勇者の後任育成に励んでいるところだから。
理由を言ってしまってもよかったが、最後の一つは流石に勇者本人に聞かせるのは忍びなく言葉を飲み込む。それでも、彼にとっては「関係ない」と切り捨てられただけで十分だったようだ。青い顔をしてぷるぷる震えている。
「そんなにショックを受けなくても……」
「う、うるせえ……」
よく見れば、勇者はひどく草臥れていた。元々貴族然として洗練された風貌ではないものの、磨けば光るという言葉のよく似合う容貌魁偉であったことは確かだ。快活とした若者特有の周囲への影響力とでも言えばいいのか、その場にいるだけで明るくなるような元気の良さがすっかり鳴りを潜めている。
何かあったのだな、と察するのには十分だ。何より、彼は一人だけでここまで来たようだし。
ともかく座って話をしようと口を開きかけたところで、背後から鋭い声が飛んだ。
「オーフェンさんから離れろ!」
落とした水袋から溢れた水が地面を濡らすのとほとんど同時に身体を引っ張られ、尻餅をつく形で後ろに倒れ込む。最悪なことに濡れた地面に着地してしまったようだ。
じわじわと浸食する泥の感触に気を取られた一瞬の隙にも、事態は止まらず進んでいた。金属同士のぶつかり合う音がする。顔を上げた先では僕を庇うようにファーガスくんが立ち、白刃の切っ先を勇者に向けていた。反射で勇者も聖剣を抜いている。
「この人に触るな……!」
ファーガスくんの怒気を孕んだ声がする。甲高く金属同士の擦れる音がしたあと、急に視界を遮るものがなくなった。エッと思う暇もなく、人の倒れる重たい音が隣で聞こえる。ファーガスくんが倒れ伏していた。
「ファーガスくん!」
「クソ……ッ、ぶっ殺してやる……ッ!」
彼の手には刃の折れた剣が握られていた。剣として最高品質の聖剣に勝てるはずがなく、硬度で押し負けたのだろう。
立ち上がろうとする彼を庇い、ファーガスくんと勇者の間に立つ。
「いきなり斬りかかってすまない! 彼は僕の連れだ。きっと僕が襲われてると勘違いして、」
「な」
「……な?」
目を見開いた勇者が驚愕の表情で僕たちを見ている。月の光に晒され、彼の純色に近い鮮やかな緑色がエメラルドのように煌く。
「なんで、よりによってクソ弟んところに居るんだよ!?」
わなわなと震える唇が吐き出した悲鳴のような言葉とファーガスくんが背後で吐いた溜め息を聞きながら、言葉が理解できず一瞬止まった。
「お、弟?」
復唱に答えが返ってくるより先にファーガスくんが勇者の胸ぐらを掴むので、慌てて仲裁のため両者に全身麻痺の呪文を唱える。行動不能に陥り倒れ込んだ二人を見下ろしながら、そっくりな顔で気を失った若者たちを前に途方に暮れるのだった。
■
「どう見ても顔同じだろうが」
「オーフェンさん、気づかなくても無理はない。俺たち二卵性だから」
「一卵性だよ妙な嘘吐くな!」
兄弟なのは本当なんだ。それも双子。
勇者が年齢相応の快活とした若者なら、ファーガスくんは歳の割に大人びた静謐な青年だと言える。実際はそんなに大人しい性格でもないのだが、印象はそうだ。正反対の雰囲気を持つ二人だからか、言われるまでわからなかった。
見れば見るほどそっくりなファーガスくんと勇者を交互に見て、顔だけでなく特徴的なエメラルドの瞳がよく見れば同じ色であることに気づく。
「それにしても、ファーガスくんが勇者の名前を知っている時点で知り合いだと気づくべきだったな」
「! な、何だよ、俺がいない間に何か俺の話してたのかよ」
そわそわとし始めた勇者には悪いが、特段話題に上がったわけではないし褒められた内容でもない。何を話したのかも覚えていない雑談だ。ただ、勇者含めてパーティーメンバー全員世間知らずだから変な詐欺に遭ってないか不安だというのをファーガスくんにこぼしはしたかもしれない。
「そういえば勇者、他の皆はどうしたのかな?」
「……どうでもいいだろ」
「おいオーフェンさんに向かって何だその態度は」
まだ食ってかかりそうなファーガスくんを目で制止する。打たれ強い勇者はともかく、ファーガスくんはまだ身体の痺れが取れず動けないのに随分と強気だ。
「チッ、話の邪魔だ。そいつ捨てて来い」
「僕たちの旅路にお邪魔している側は君だよ、勇者。文句があるのなら君が出て行くんだね」
「邪魔だ」
「こら」
余計なことを言うファーガスくんの頬を引っ張る。動けなくなった身体を仰向けにして頭を僕の膝に乗せているから、手元に顔があるのだ。
「…………」
案の定へそを曲げてしまった勇者に「それで、どうしたの?」と改めて問う。勇者がいくらお馬鹿さんで身勝手に僕を切り捨てようと、仲間全てを捨てて単独行動するほど身勝手でも考えなしでもないのはわかっている。
この森はリーナ嬢を連れて歩くには難易度が高い。彼女を庇いながら重騎士が頑張っているにしても限度がある。特に今は夜で、魔物が活発化する時間帯だ。迎えに行くなら早く行かないと。
直球で「リーナ嬢と重騎士の彼は?」と問えば、目に見えて勇者が言葉に詰まった。
「……パーティーは解散した」
「え!?」
予想に反した答えに目を丸くする。ぶるぶると身体を震わせた勇者が弱々しく話し始めた。
「リーナ……あいつ本当は重騎士のやつが好きなんだって……お、俺の居ない間に、せ、せ……セックスしてるのに出くわして……」
「う、うわあ……」
「襲われてるんだと思って止めに入ったら黙ってたけど付き合ってるって言われて……一昨日、二人でパーティーを抜けた」
虚ろな瞳をした勇者が膝を抱えて蹲ってしまった。
しかしリーナ嬢、本命が重騎士とは。あの2メートル近い熊男を好きで、彼を落とすために勇者に近づいたということか。小娘と侮っていたけれど、彼女はなかなか強かで健気かもしれない。話を聞く限りじゃ重騎士も満更ではないのだろう。幸せそうでよかったじゃないか。勇者からは一生童貞と馬鹿にされていたものね。
僕が何も言わないのでファーガスくんも無駄に詰ったりしない。ただ傷心中の勇者が顔を伏せて動かなくなってしまった。ファーガスくんを膝に乗せたままなので動きづらいが、精一杯腕を伸ばして塞ぎ込んでしまった彼の金髪を撫でる。
「よしよし、つらかったね。次の仲間が見つかるまで僕の休暇に付き合わせてあげよう。ファーガスくんも、いいね?」
「はあ……仕方ない。こいつは筋金入りの馬鹿だけど、人を疑わない素直なところは俺そっくりの顔の次くらいに美点だから」
「妙な優しさ見せんじゃねえ……ぐすっ」
優しいのかな? あんまり褒めていないと思うよ。
そんなわけで三人になった勇者パーティー(仮)だが、これが想像を超えた前途多難だった。
まずファーガスくんを強くするために旅路であるのに、勇者は目の前に現れる敵を片っ端から斬って経験値を独り占めする。それを僕が注意すれば勇者は「武器の折れた剣士に何ができんだよ」と馬鹿にした笑いを浮かべて挑発するし、いくつか実戦向きの攻撃魔術を教えてあると言ったらとんでもなく不機嫌になってしまった。
「今更教えろって言ったって、きみ教えても聞かなかったじゃないか……」
「うるせえさっさと教えろ、あいつに出来て俺に出来ねえものなんざ一つもあってたまるかよ」
「もう無理だよ。勇者の体力全振りのステータスで魔術はあまりにも非効率だ」
まずステータスの成長は肉体的な成長期に依存しない。そして、修行内容による影響も少なくないのだ。
一番は本人の適正だが、レベルが頭打ちになるまでの間ずっと握った剣を離さなかった勇者は典型的な脳筋ステータスに育ってしまった。その点ファーガスくんはまだ成長の余地があるから、今からでも少しは魔術を使っていれば多少リソースを割ける。勿論その分剣士向きのステータスとしては劣ることになるから、兼ね合いが難しい。
「火炎も電撃もお前には出来ないが俺には出来るぞ」
「聖剣持たせてやるからせいぜいお上手に振ってみせろよ、テメーの折れたなまくらで叩き潰してやっからよ」
「こらー!」
一番大変なのは、彼らが絶え間なく喧嘩をすることだった。目を離した隙なんてものではなく、僕を挟んで口喧嘩を絶やさない。僕には肉親がいないからわからないが、兄弟というのはこうも遠慮がなく喧嘩を絶やさないものなのだろうか。
「ファーガスくん、君はもっと大人の対応ができるものだと期待していたのだけれど」
「ぐっ……だがオーフェンさん、戸籍上兄はこれのほうだ」
「誰がこれだ? お兄様と呼べよ凡人愚弟が」
「勇者には期待していないから君に耐えてもらわないと」
「おい」
勇者が目を吊り上げたが、実際その通りじゃないかな。
勇者だと持て囃され育ってきた影響か、彼はなかなかに自信家で傲慢なのだ。その態度を矯正されることなく生きてきたのはそれを裏付ける強さがあるからこそだが。ともかく挫折を知らないし、敗北を知らない。そのせいか煽り耐性がない。
王宮で訓練を積んでいた頃はきっと妬みから来る嫌がらせもあっただろうに、その類は全て力でねじ伏せていたと聞く。まあ、これには僕も身に覚えがあるからお説教をできる口は持ち合わせていないのだけれど。
「勇者、何度も言うが君は手出し無用だ。これはファーガスくんを育てる旅なのだから」
「そいつがいくら頑張ろうが俺には勝てねえよ。そんな無駄なことする暇あったらさっさと俺について来い」
「だから今僕は休暇中だと……ん? ついて来い?」
「行くんだろ。魔王城」
しらっとした勇者の横顔をまじまじ見つめ、もしやこれが彼のここまで来た目的かと悟る。
「勇者……」
「な、何だよ……ま、まあ俺も流石に魔王相手に一人はキツいしな、どうせ仲間増やすなら元々知り合いって奴のが、」
「君、その歳にもなってお友達の作り方を教わりたいのかな?」
「…………は?」
まったくこの子は。そりゃあ、昔から大人に囲まれ、自分と歳の近い子供からも天才として明確に持ち上げられて同じ目線で話すことは叶わなかった。僕にもそんな経験がある。だから気持ちはわかるが、まさか彼が人見知りをする質だっただなんて。
「大丈夫、パーティーの仲間作りなんて簡単だ。冒険者ギルドに登録していくつかクエストをこなせばいい。難易度の高いクエストは数人の野良冒険者が寄せ集められることもあるし、その中で向こうから声が掛かることもある。特に君は攻撃特化型だから引く手は数多だ。誰にでもほいほいついて行ってはいけないよ、詐欺に遭うかもしれないからね。よく吟味して何度かクエストを共にしてみて──って痛あッ!?」
ドッと頭上から重たい感触が降ってきて、それが勇者の拳であると知る。頭を押さえてキッと睨みつけるが、勇者はそっぽを向いてこちらを見向きもしなかった。
「んん゛……ッ、平気か、オーフェンさん……んふ……っ」
ファーガスくんが押さえ切れていない笑い声を無理やり押さえながら頭を撫でてくる。ちょっと、年長者の頭を撫でるのはやめてくれないかな。
そんな感じで進む僕たちの旅路は、次の街に辿り着くまで特に変化なく進んだ。
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