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昼ごはんを食べ終わったあとは、塾の自習室に行くと嘘をついて家を出た。母さんは僕が勉強しに行くと思っているので、少し後ろめたかった。
家には夜ご飯までには帰れる予定だった。
電車に乗って一時間。僕にとっては久しぶりに来る懐かしい場所だが、二人にとっては肝試しのためだけに来た何の思い入れもない場所だ。何度か僕の祖母に会ってはいるが、ここに来たことはなかったはずだ。
「懐かしい……」
思わず呟くと、横で裕太と友樹が微かにうなずく。
「ここ、来たことないのになんとなく懐かしい感じがするな。お前にとってはおばあちゃん家があるところっていう認識かもしれないけど」
「俺もそんな感じがする」
僕だけが思い出に浸って時間をつぶすのも悪いので、早速そこに向かうことにした。川までの道は車道で、それでも車は通っていなかった。
たどり着いたとき、あまりに綺麗で思わず声が出た。川は綺麗に澄んでいて水底に手のひらくらいの石が見えた。魚も泳いでいた。そばには大木があり、ときおり風が吹いて木の葉を揺らした。風が流れ、側の茂みもなにか動物がいるのかがさがさ揺れる。あまりにも気持ちがいいので、三人で川魚をどれだけ取れるのか競い合った。結果、何度か祖母のところに帰省し近くの川で魚を取っていた僕が一番多く取ることができたのだが、裕太が魚を取っている途中で転んでしまい友樹に笑われていた。
二人はその後も色々競っていた。僕はその間取った魚を川に放していた。もともと僕はインドア派なので、あまり外で遊ぶのは好きじゃない。でも、運動は大事だと親に言われてからは時々外に出るようになった。
そして、僕が魚を放し終わるとようやく肝試しをすることになった。正直その時はもう怖さは薄れ、ただ川の中に入れる二人が羨ましかった。ぼそっと
「僕も入ろうかな……」
というと、友樹が
「じゃあ俺と裕太が入ったあと、お前と俺で入ろうぜ」
と言ってくれたので、二人が終わったあと友樹と入ることにして、肝試しを始めた。その間僕は目をつぶる、というルールに変更した。友樹が一人だけ目を開けてるのはなんかずるいと言ったからだ。なかなか自己中な発言だが、長い間一緒にいるせいであまり気にならない。
友樹が肝試しの内容を再確認して、裕太とともにかわにはいっていく。
僕が目を閉じると二人が川の中に入る水の音がした。なんだかんだいって、結局あの二人は優しいのだ。喧嘩したときは尖った言葉で言い合うくせに、喧嘩したあとは言い過ぎたと反省している。それに、こんなふうに人見知りな僕とずっと一緒に遊んでくれる。中学も、高校も、大学も一緒がいいな。なんなら社会人でも一緒の会社に入りたいな。そしたらどんなに楽しいだろう。あの二人も同じ気持ちでいてくれたらいいな。
そんなふうに、想像していた。
受験が終わったら、やりたいことはたくさんあるんだ。例えば――。
そのとき、あたりの空気を切り裂くような悲鳴が響き渡った。
「うわああああああああ!!!」
「たす、助けて、嫌だあああ!!」
驚いて目を開けると、友樹と裕太のそばにとても大きな人が立っているのが見えた。いや、人と呼ぶにはあまりに大きいなにか。よく目を凝らすと、そいつは大きな水かきのようなもののついた手で裕太を握りつぶしていた。
「ゆう……た?」
それまで静かだったその場所に、裕太の骨が折れる音が、内臓が潰れる音が、響く。怪物の手が裕太の体から流れ続ける血で真っ赤に染まっているのが、離れているその場所からでもわかった。
あまりの光景に絶句していると、友樹の叫び声が聞こえた。
「逃げろ、逃げろ大輝!」
逃げろ――逃げて、生き残れ――。妙にその言葉が耳に残った。そして、脳裏に一瞬おかしなイメージが浮かんだ。
顔の見えない祖母。静まり返った縁側。「だめだよ、あそこへ行っては。あそこへ行くとお母さんに――」風鈴が鳴る。「その時は逃げろ。逃げて、生き残れ」祖母は顔を傾ける。顔が見える。……誰の、顔だ?
気がつくと足が勝手に走り出していた。逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ。途中で足がもつれて、顔面から地面に突っ込んだ。そこでやっと足が止まった。周りを見ると、目と鼻の先に祖母の家があった。ノロノロと体を起こす。早く知らせないといけないのに、体全体がかぜを引いたときのように熱い。フラフラの状態で祖母の家にたどり着く。扉を開けて上がると、祖父がテレビを見ていた。
祖父はいきなりボロボロの僕が表れて驚いていたようだけれど、話を聞いているうちに険しい顔になって、早く案内しろ! と最後は叫ぶように言った。だが、僕はその時あまりにも疲れすぎていた。要は、気を失ってしまったのだ。
やっと気がついたとき、僕は祖母の家で布団に寝かされていた。家には誰もいないのか、静かだ。風鈴が縁側に吊るされている。
後から祖父に聞いたところ、化け物はいつの間にかいなくなっていて、友樹と裕太が倒れていたらしい。ただ、裕太はすでに手遅れだった。裕太の葬式では裕太の親族にあった。彼らは僕のことを責めずに、運が悪かったんだと言った。本当のことを知っているのは友樹と僕と祖父だけで、他の人達には通り魔にあったのだとしか伝えられていない。祖母じゃないんだから、と自虐的な笑みが浮かぶ。本当のことを知らされず、悲惨な姿で帰ってきた裕太を受け入れるしかなかった裕太の母親は
「ごめんね、悪いことをしたね」
と泣きながら謝ってきた。きっと僕はずっと自分を許せない。今でも裕太の土気色をしたマネキンのような顔と、痛いほど白い花が網膜に焼き付いて離れない。
そして、今がある。あれは仲が良かった裕太の子は当時の僕にとっても、今の僕にとってもとても大きな出来事だった。助かった友樹はしばらくの間カウンセリングを受けていた。この事件がきっかけで、僕と友樹は疎遠になってしまった。今日友樹が会いに来るのは、僕の祖父が二日前にこの世を去ったからだ。当時の事件の真相を知るのは僕と友樹の二人だけになってしまった。当時のことを思い出して話をしたいと思い、久しぶりに会おうと思った。
ここに書いてすっきりした。やっぱりこうやってまとめるのはいいな。あ、玄関でチャイムが鳴ってる。多分友樹だな。いまいきますよっと。
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