大輝の手記

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大輝の手記

今から書くのは、僕が昔体験した出来事。本当のところ忘れてしまいたい記憶だけれど、ここに書くのは近々同じ出来事を経験した幼馴染が訪ねてくる予定だから、その時に話す内容を整理するためだ。    僕はその時六年生で、幼馴染の裕太と友樹とよく遊んでいた。その頃になると中学受験があるせいであまり遊べなくなったけれど、それでも結構仲良くしていて、一緒の中学に行きたいという理由で三人集まって勉強会をしたり、問題を出し合ったりしていた。特に頭が良かったのは裕太で、いつも裕太に勉強を教えてもらっていた気がする。  四月は六年生だとか見える世界が広がったとか騒いでいたけれど、時間が経つのはあっという間で、ついに夏休みになった。  夏休みというものは中学受験に置いて特別な意味を持つ。受験生は皆その季節になると一斉に勉強しだす。休みが長いから、という理由だけで特別なわけではなく、ライバルとの差が大きくなりやすいというのが主な理由だ。  これまでは海だ山だと騒いでいたけれど、流石にその夏休みには旅行の予定はなかった。塾の講師たちも 「夏は受験の天王山!!!」  と毎日のように怒鳴っていた。ただ、いつまでも遊んでいたい僕らにとって一日中勉強漬けになることは大きな苦痛だった。勿論ここで勉強しなければならないとわかってはいた。けれど、特にその年齢は遊びたいざかりだったし、それまであまり遊べていなかったこともあって僕はかなり不満が溜まっていた。それは他の二人も一緒だったようで、夏休みが始まって一週間後に家に電話がかかってきた。内容は3人でまた遊びたいから明日にでも集まろうというものだった。ちなみにかけてきたのは友樹だ。  翌日、僕らは友樹の家に集まった。三人が揃ったことを確認すると、友樹はおもむろに口を開いた。そして、夏休みなのに遊べないことへの不満を呟いた。夏休みは休みなのに遊べないなんておかしいというのだ。  今考えると別におかしくもなんともない普通のことだと思うけれど、まあ当時は幼かったんだろう。そして、幼いながらも僕達の中では一番大人だった裕太が反論した。ただそこで終わっていればよかったのだが、裕太が反論したことで二人は喧嘩腰になってしまった。  それまでストレス発散があまりできなかったのだろう、二人の口論はいつもよりだいぶ過激で、止めなければいけないと焦りながら眺めていた。ここで僕がなにか言わなければ、そのうち殴り合いに発展するだろうと思い、取り敢えず落ち着いてもらおうと言葉を絞り出した。落ち着こうよ、みたいなことを言った記憶がある。それで友樹は落ち着きを取り戻した。  ところが裕太が割り込んできたことでまた喧嘩になりそうになった。裕太のしつこさに少し驚き、それから僕は慌てて言葉を繋いだ。 「それなら! それなら、僕のおばあちゃんがなんか面白いことを言っていた記憶があるよ。なんでも、おばあちゃんちの近くに川があるんだけど、そこで……出るんだってさ」 友樹が驚いたような顔をする。 「幽霊っていうか、なんだろう、妖怪かな。おばあちゃんが住んでるその地域には、松瀬川っていう川が流れてるんだ。結構大きな川なんだけど、ちょうど駅の近くで川が分れてて、その支流の方にこんな噂があるんだ。その川は、三途の川に繋がっている。そして、そこを守るために門番がいる。その門番は七尺もあって、水かきがついた大きい手足を持っている。髪は長くて、水死体のように濡れて体に張り付いている。顔はまるで骸骨のようでその殆どを落ち窪んだ大きな目と横に裂けた口が占めている。何もしなければその門番は、襲ってこない――」  話しているうちに、僕は祖母からこの話を教えてもらったときのことを思い出して怖くなってきていた。その話をしてもらったときの前後の記憶はない。小さいときだったから、覚えていないのだろう。その時は夏で、祖母の家の縁側で話を聞いていた。いつもは優しい祖母だけど、その時の記憶の中の祖母は逆光で顔が黒く塗りつぶされて、表情がわからない。夏だというのに蝉の声は聞こえず恐ろしいほどに静まりかえっている。その静けさの中で祖母は小さく呟く。 「あそこは、大切な場所だ。だが、もう手遅れだ」  そして、風鈴がこの世の終わりのように美しい音で鳴り、祖母は顔を傾ける。祖母の顔が見え――。 「おい、何したらその妖怪? 門番? は襲ってくるんだ?」  そこで回想が途切れ、僕は我に返った。 「あ、ああ、うん。えっとね、まず二人で手を繋いで川に入るんだ。それで、目をつぶって10歩進む。で、手を離して目を開ける。そうすると二人のうちどっちか一人が消えてるんだ。そして残った方もそれから三日後に死んでしまう。でも、誰も消えなかったら願いが叶うんだって。そんな感じだったかな。あ、あと死んだときはみんな口とか鼻の周りに泡が付いてるんだって」  僕の説明に対して、裕太が冷静に分析をする。どうやら口や鼻の周りに泡がつくときは溺死らしい。それに友樹が面白そうだ、というと裕太がもう一度友樹に突っかかっていく。だが、そろそろ友樹は口喧嘩も嫌になっていたようで、裕太を小馬鹿にしたように鼻で笑っていた。  それから少し真剣な顔になって、やっぱり行きたいんだ、という。ただ、七尺というのは約二メートルだ。最もこれは裕太が其の場で教えてくれたことなのだけれど。  友樹が大げさに身を仰け反らせると、裕太が下を向いてぽつりと呟いた。 「そこ、行くのにどれくらいかかる? お前のおばあさんに会ったことはあるけど……」  思わず友樹と顔を見合わせてニヤニヤしてしまう。結局裕太はいつも見栄っ張りで、僕らがなにか提案しないといけないのだ。それに裕太は大きいものが好きなのだ。昔は世界で一番大きい建物の話をよく聞かされた。  少し笑いながら、電車で行けば一時間ほどでつくことを教える。裕太は少し恥ずかしそうに、 「……何笑ってんだよ。お前らが危ないことしそうだからついてくだけだよ」  と言っていた。  友樹はそれを無視して、昼ごはんの後に集合すると大声で叫ぶ。  裕太の態度に和んでいたせいで、肝試しに行く流れになってしまったことを後悔する。けれど、二人があまりにも楽しそうで言い出せなかった。  ただ、乗り気でないのは僕だけだったので川の中に入るのは裕太と友樹になった。今思えば、ここで辞めるように言っておくべきだったのだ。
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