野干(やかん)【前篇】

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 隣に目を向けたが、山吹色の小袖姿が見当たらん。それより少しばかり後ろに見つけることができた。しかしなぜか俺らの来た山中の道を、ジッと見つめ返している。まるで、猫が獲物の気配でも察するかのように。 「ん……なんだ、猪か? そんな気配は無かったが」 「戯け、そんなもんでないわ。  そこにいるんじゃろ出てこい! いかでかお前は後をつけてくる」  風はないが、そこの茂みは微かに揺れた。 「ん……こりゃ、怪異の気配か。気づかなかったな」  木陰から影を伸ばし、そろりと出てきたのは若い女だった。こがね色の(ころも)を纏い、白くふわりとした薄絹(うすきぬ)が肩を覆う。さては……。  妖力が強いだろうに、よく気配を誤魔化せているもんだ。さすが野干(やかん)と言ったところ。スエに諭されなけりゃ、ずっと気づかなかったかもしれん。  俗に言う化け狐、野干。  その(せい)の大半を山の然るべき場所で過ごし、見える者を騙し遊んでは生力(しょうりょく)というものを僅かばかり奪って生きていく。  瞳と体毛は稲穂の色をしており、尾だけ月のように白いのが特徴だ。人に化けたとき、着物は体と同じ色に。被り物は尾と同じ色になる、と言われている。
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