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特段、忌むべき怪異ではないが……さっきから妙に冷え切った顔だ。やつらは妖力もそうだが縄張り意識が強い。とりわけ、俺らのような得体の知れぬ者が無闇に入ってくれば、何かされると警戒されても仕方のないことではあるが……こりゃ、貧乏くじでも引いたか。もし迷い道でも作られたら、やぁ……面倒だ。
「おい、俺はキクリと言う。こっちはスエだ。俺らは森を荒らすつもりじゃないし、狩るわけでもない。ここらを縄張りとしていたなら、すまんな。このまま通らせてくれると有難いんだが」
すると、野干は徐にこちらへ。スエが今にも飛びかからんとして構えるも、これ動じず。なぜか躊躇いがちに、それでいて覚悟を据えた目を向けてきた。
「私は、ギンと言います。お願いがあるんです……話を聞いては、もらえませんか」
「なんだ。お前さん、名があるのか」
普通、怪異は自らを名乗ることがない。なぜなら名前は人の世に必要なものであり、彼らの世では意味をなさないからだ。いったい誰に与えられたのか。
「あなた方の気配から、頼める者と見込んで申しております。どうか、話だけでも……」
儚げな物言い。ましてや頭を下げてくるなどと。どうやら訳ありの様子だ。
「まぁ、面は起こしてくれ。ふむ……話か」
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