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血を吸う鬼3
「わかんねぇ」
「え? わかんないって……」
「思い出せねーんだよ」
その言葉に思わず差し出した手をゆっくり戻す。
「記憶喪失?」
「さぁーな。まぁそういうこった」
「でも、名前が思い出せないんじゃなんて呼べばいいかな?」
「適当に呼んでくれ」
「んー、適当にって言われても」
とは言いつつも右手を顎につけ考え始める。結婚をしてもいない優也はもちろん子どもなどおらず名付けなどしたこともなかった。その所為で苦戦を強いられ、浮かんでは消える数々の名前。
そして一つの名前が思い浮かぶと女性の顔を見てその名前と合わせてみる。
「じゃー、ノアで」
頭の中で良いと思った名前を言葉に出しながら女性を軽く指差す。自分では良いと思ったが女性が気に入るかどうかは分からず、気に入ってくれればいいな程度で考えていた。
「いいんじゃねーの」
だがノアは気に入らなかったのか、ただただどうでもよかったのかは定かではないが興味なさそうに答えた。
でもその反応を見た優也は嫌そうではなかったという理由だけで良しとした。
「じゃあ色々聞かせてもらおうかな。まず、昨日のアレは何?」
「アレ?」
「ほら、僕たちを襲ってきた」
優也は手を動かし当てにならないジェスチャーで補足を入れた。気でいた。だが彼女の理解力がいいのか意外にも伝わった。
「あぁ~。自分で犬族って言ってただろ」
「そういうことじゃなくて犬族って何? あれって着ぐるみ?」
「わかんねーよ」
それはめんどくさそうで投げやりな返事。
「じゃあ君は誰?」
「俺か? 俺は吸血鬼だ」
「きゅうけつき? それって何かの団体?」
「団体? はぁ? 何言ってんだ?」
このあとも色々と質問をしたが結局、優也の疑問は何一つ解決されなかった。
「あぁ~。もう全然まともな返事が返ってこないよぉ~」
「そうなんだよなぁ。――ん?」
すると突然、心の中を音読したような声が聞こえた。声は正面に座るノアとは明らかに別の女性。自然に反応してしまった直後、遅れた違和感に導かれ声の聞こえた隣を見遣る。
そこには腰まである三つ編み、太腿丈の黒いタイツと編み上げのロングブーツを履いた女性が脚を組み座っていた。タイツの上ではもち肌の細すぎず太すぎない太腿が顔を覗かせている。
そして立てた襟に開いた胸元、手首まで伸びた袖は少し薄く丈は膝裏近くまであったが、前は腰辺りで三角形を描いて二手に分かれそこからホットパンツと脚が見えていた。
そんな上半身だけを優也に向けて座っていた女性の格好は黒を基調としたいかにも魔女という感じの服装。特に頭に被った大きなとんがり帽子は物語の中で見るそれ。また女性は豊満な胸に対しお腹部分はしっかりとくびれ他の女性が羨むようなスタイルだった。
そして胸元には首にかけた南国の海をその中に収めたような青い宝石のネックレスが肌を背に輝き、その他にも耳ではいくつかのピアスが光を浴びている。
そして大人びた美人で頭が切れそうといった印象の顔には何かを期待しているような微笑みを浮かべていた。
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