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小さな運命の歯車3
ここまで自分でも分からない冷静さを保っていた優也だったが、この血を見た瞬間、思考は一気にかき乱され驚嘆の声と共に尻もちをついた。放り捨てられるように床に倒れる女性の体。
少しの間、訳が分からず少し固まっていた優也だったがすぐに我に返ると真っ先に女性を見遣る。そしてパニックになりつつも再び女性に近づき肩を軽く叩きながら必死で呼びかけた。もう既に彼の頭の中では目の前の女性が誰で何故ここにいるのかなど些細な問題でしかなった。
「大丈夫ですか!? 大丈夫ですか!?」
すると呼びかけに応じるかのように女性の体がピクリと動く。
「良かった、生きてる」
死んではいないことに少しほっとしたが心臓は未だ強く脈打っていた。
だがとりあえず少し冷静になった頭を回転させポケットからスマホを取り出すと救急車を呼ぼうとロックを解除。しかしそれを阻むように突然、ベランダの窓が大きな音を立て割れた。音に反応し顔を上げるとそこには人ではないなにかが立っていた。
それは全身を覆う茶色の毛とそこら辺の物なら簡単に切裂いてしまいそうなほど鋭い爪。牙を剥き出しにした見覚えのある口は獲物を狩る肉食獣のように荒く呼吸している。それは人のように二本の足で立ち印象は違えど優也も良く知る動物――犬だった。
突然入ってきたその人型の犬は優也を横目で見下ろしていた。今にも襲い掛かってきそうだった鋭い目つきで。
「なんだ人間か、わん」
それは邪魔者を見るような目というよりは嘲笑うような雰囲気だった。
だが今の優也にそんなことを気にする余裕はなく、スマホを落としあまりの恐怖で声すらも出せずにいるだけ。しかし同様に優也の反応など気にも留めていない人型の犬はもう彼に興味はないと言わんばかりに顔を逸らし辺りを見回しながら鼻で匂いを嗅ぎ始める。
そして恐れおののく優也の横に倒れている女性を見つけ二ヤリと笑った。
「死んだか? わん」
人型の犬が一歩足を進めると優也は反射的に左手を女性の方へ庇うように出した。それを見た人型の犬は立ち止まり再び鋭い目つきで睨む。今度は邪魔者を見るような目だった。
「その邪魔な手をどけるわん。人間」
優也は返事をする余裕はなくただただ向けられる目つきに対して怯える目で見返すことしかできなかった。まさに蛇に睨まれた蛙。そして優也を睨みつけたまま人型の犬は目の前へ足を進めた。
「ならお前から死ね、わん」
そう言うと片足を足裏が見えるまで上げ、突き出す。
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