私と彼

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私と彼

 鮮やか、と、毒々しい、は、紙一重であると思う。何がその境界になるのかは、よくわからないが。  私の好きな赤は、ちょうどその狭間。アクセントにところどころ白や黒を入れることがポイント。だから、髪は絶対黒いままで染めたりはしない。  別に目立ちたいわけではないのだ。結果、人の目を引くだけ。時々ぎょっとして振り返る人もいるけど、そんなものは透明人間と同じで何ら気にするべきものではない。変に絡まれない限りは。  でも、遠巻きに見ていても、大概の人はヤバそうな女だと思って、声はかけない。だから却って好都合。    そして、人目に付きやすいことに、利点もある。  たくさんの学生が行き交う大学の構内。普通なら、知り合いがいても気づきにくいはずだが。彼が、こちらに気が付いて立ち止まるから、こちらからもわかる。  犬みたいにまっしぐらに走って駆けよって行くと、彼は名前を呼んでくれた。 「璃雨(りう)」 「わーいっ、颯太(そうた)だっ。よく気付いたね」 「そんなん、百メートル先からでもわかるに決まってる」 「ふふふっ」  思わず口元が緩んで、笑みを声にまで出してしまっていた。ほんのわずかに、颯太は眉をしかめた。 「何笑ってんの」 「だって……こんなにたくさんの人がいる中で、私だけがはっきり見えるってことでしょう。嬉しいの」 「いや、視界に入りやすいだけでしょ」 「でも、無視できないくせに」 「そっちこそ見つけてほしいの?」 「そうだねぇ……うん、そうだよぉ……」  そう、好きな人に簡単に見つけてもらえる。だけど、それはただの理由の一つに過ぎない。  今は、それ以上は言わないでおこう。他の理由は、颯太にとっては意味がないことで、意味があるのはそれだけだから。  それに、颯太はきっと、悪い気はしていないはずなのだ。わざとそっぽを向いた顔が、少し照れているのがわかるから。  いやいや、そんなに表情は変わっていないだろうって、そうお思いでしょう。でも、私には、ほんのわずかな違いがわかる。  また、勝手に口元が緩んでしまう。でも、その照れが振り切れすぎて、逃げて行かないように必死に抑えた。 「次、何の授業?」  聞いたところで、学年も学部もそもそも違うので、同じ授業であるはずがないのだが。私はなんとなく訊ねてしまう。  自分でもはっきりとはわからないけれど、きっと、せっかく会えたのにこれで終わりっていうのが、悲しかったのかもしれない。 「教授が急用で休講だって。だから何もない。一コマぽかっと空いちゃったよ」 「ふーん。暇なんだ」  それなら、九十分はおしゃべりできるじゃない。そんなことを頭のどこかでは考えていたけれど。  案の定、釘を刺される。 「だからって、璃雨はサボるなよ」 「わかってるよ」  そんなつもりはなかったけど、よっぽどしょんぼりしているように見えたのだろうか、颯太は少し気まずそうな顔をした。 「ほら、さっさと行ったら」  無理やり背中を押されたけれど、私はもう一度くるりと彼に向き直った。 「暇だからって、浮気するなよぉ」  本気で心配なんかしているわけじゃない。ただ、寂しいって言いたいだけなのだけど。  颯太は顔をひきつらせた。 「浮気という構図が成り立つ関係性ってものが、まず璃雨と俺にあるかな?」 「あるよ」  私が強い調子できっぱりそう言い放つと、ため息をつかれる。 「……めんどくさいな」  でも、否定はしないんだ。  それで充分。 「じゃあねぇ」  私は思いっきり手を振って、その場を離れた。  講義のある教室までの道中は、鼻歌でも歌い出しそうに、脚は軽い。今日はいい日。中学や高校と違って、同じ学校に通っていても、そうそうこんな偶然に会えるもんじゃない。  そもそも私たちがどんな関係かって。それを説明するには、ちょっとばかり長い話をしなければいけなくなるけれど。
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