私と彼

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 こういう話を聞くと、颯太はスマートなカッコいい人、だと思うでしょう。  でも、必ずしもそうじゃない。ちょっと抜けてるところはあるし、元気で明るいというよりはおとなしい人で、どちらかといえば、そんなに自己主張はしない。  ある時なんかは。  メッセージを送ったら既読が付かず、連絡が取れないことが何日か続いた。嫌われたのだろうかとか、愛想つかされたのかとか、いろいろ気にするよりも、何かあったのではないかと心配になったりもしたものだけど。  バイトのシフトが被った時には、ちゃんと出勤してきた。 「全然連絡なかったけど、なんかあった?」  会った時は、いつも通りの、何も変わったことはない様子でいたのが、少し憎らしいくらいだった。心配したんだよ、と、私が言うと、初めてそれに気が付いたみたいに、途端に申し訳なさそうな顔をする。 「ああ……トイレにスマホ落として、壊れちゃったんだよね。それから変えてない」 「何でだよーっ」 「いや、なんとなく……どうしよう、って思ってるうちに時間が経ってた」 「それもそうだけど、何でトイレに落とすの?」 「後ろのポケットに入れてたら落ちたんだよ」 「どうしてそうなる!」 「俺にもわかんないよ」  結局連絡がまともに着くようになったのは、一か月後。連絡がつかないと困ると、店長に言われたのもあり、ようやく機種変更をした。  それが、単純にスマートフォンというものが、自分を縛り付けているようで鬱陶しいと思っていただけなのかと思いきや、ただ忘れてた、というだけなのだから、どうしたもんか。  そんなふうに呆れることもあるし。  ヘマも結構ある。店の掃除をしている時に、滑って転んでいるのを何回か見かけたりもしたものだ。  だけど、そんな時は大概、大きなリアクションもなく、小さくため息をつくくらいなもので、特にこちらからも何も言えない。選択肢は、見なかったふりをして、何事もなかったかのように振舞う、それだけなのだ。 「篠田君って、何考えて生きてるんだろうね」  店長がそんな風に疑問を持つくらい、なんとなく掴みどころがない、そんな人だ。そう思うのは、そんなに感情をあらわにすることもないからだろう。  穏やか、というのとも少し違う。笑ったり怒ったりをしない、というのもあるけれど、驚きもしない。  感情の出し方を知らないのか、敢えて出さないようにしているのか。ずっと見ていても、それははっきりわからず、謎のまま。 わからないことだらけだけど、基本的には優しい人だと、私の赤いリボンが言っている。  雨の日じゃなくても、それしか赤がないわけじゃなくても、私は時折颯太にもらったリボンをしていた。  気付いているのかいないのか、颯太はしばらくそれを話題に出すことはなかったけれど、台風が接近していたある日、急に彼はそれに気づいたかのように、さらりと口にした。 「気に入ったの?」 「え?」  私がきょとんとしていると、颯太は自分の頭の辺りを指さした。 「そのリボン」 「ああ……うん……」 「そうなんだ。よくつけてるから、もしかしてそうなのかと思って」  ずっと見ていた。気付いていたのだ。なんだよ、それならそうと、もっと早く言ってくれればいいのに。  でも、何で今日になって急にそんなことを言い出したのだろう。  外が、雨だからなのか。あるいは、こんな天候でお客さんも少ないから、なんとなくいつもより目に留まったのか。  私はそっと、自分の頭のリボンに触れた。 「気に入ってるっていうか……変身アイテムだから」 「まあ、そうだよね」 「うん」 「いいじゃん、カッコいい」  あんまりそこに抑揚がない声だったけれども、私は嬉しくて、勝手に顔が笑ってしまう。きっと、思ってもない余計なことは言わないはずだから。  可愛い、じゃなくて、カッコいい。  どちらでも嬉しいのかもしれないけど、でも、カッコいいという言葉は、私を無敵にしてくれる。  だから、そんな言葉に私の勇気は押し出される。 「今日も傘がないんだ」 「こんな日に?」 「強風で壊れました」  尤もらしい嘘を、私はついた。少しわざとらしいかとも思ったけれど、跳ね除けられることはない。 「ああ……じゃあ、駅までで良ければ一緒に帰る?」 「うん、ありがとう」  暴風雨の中で、二人で一本の傘なんて、あんまり何の意味もないし、雨風に逆らいながら歩いているので、駅にたどり着くことに必死で、ろくな会話も出来なかった。  結果として、とても都合のいい口実だったのかは、今でもわからないけれど、ずぶぬれになって辿り着いた駅で、私は笑ってしまった。  その時、ふっと柔らかく笑って、私はその笑顔がとても可愛らしいと思ったのを、今でもはっきり覚えている。  可愛らしい、というのが、颯太にとって嬉しいことかどうかはわからないから、口に出して言ってはいないけれど。  それからは、シフトが同じ日は、一緒に駅まで帰るようになった。特に約束をしているわけでもなく、なんとなく。早く支度が済んだ方は、相手を待っている。  それが当たり前になっていた。  好きだ、とか、付き合う、とか、そんな言葉は一度たりとも口にしたことはない。  ただ、颯太の隣にいることが、一緒に帰る時間が嬉しかった。それだけだ。  結局、そんな感じで今に至る。それが、私と颯太。
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