1人が本棚に入れています
本棚に追加
高校生。
あの頃の私は、もっといろんな色の服を着ていたし、こんなに赤だけに囚われることもなかった。どちらかといえば、むしろ地味で目立たない、特にこれといった印象もないような、自己主張をしない意志薄弱な女。
そんなことを言っても、今の自己主張の塊みたいな私を見れば、誰も信じてはくれないだろうけれど。
ヒーローに変身するものだ。かっこいい。
颯太にそう言ってもらって、私はとてもうれしくて、自分を誇らしくも思えたりしたものだけれども、やっぱり、勘違いなんてしちゃいけない。
むしろ、いろんなものをめちゃくちゃにしたのだから。
風邪をこじらせて、一日学校を休んだ。その間に、世界は変わっていた。まるで、熱にうなされて悪い夢でも見ているかのように。
私にだって、友達と言える人はいた。学校以外でもちょくちょく会うくらいには、仲が良かったと、私は思っていた。
けれど、その子は私がたった一日休んでいた間に、クラスの中でも特に目立つような子たちと仲良くなっていた。
ただ、仲良くしているだけならば、私は少し寂しかったとしても、彼女に新しく友達が出来ることを、否定する気はなかった。
だけど、そんな気持ちもほんの一瞬だけ。
今まで遠かった集団の中で、ずっとそこにいたかのように楽しそうに話している彼女に、邪魔してはいけないと思いながらも、私は挨拶くらいはしようとした。
おはよう。
こちらに意識を向けたのはわかった。けれど、一瞬そこにためらいがあったのは、はっきり感じ取れる。おはよう、と返して来ても、どこかぎこちなかったのも、引っかかった。
休み時間にちょっと話しかけようとすると、ごめんね、と、どこか避けられているようにも感じた。
何故だろう。
派手な女の子たちの中で、楽しげに話してはいるけれど、本当に仲がいいのかもわからないし、たった一日で何があったのかもわからない。
聞くことが出来なかった。
ちゃんと聞けばよかったのかもしれない。でも、そんな勇気を私は持ち合わせていなかったし、どこかで見捨てられたという惨めな気持ちもあっただろう。
そこで、私たちの袂は分かたれることになるのだが、話はそう単純ではない。
彼女は、表向きは楽しそうにしている。だから、私も何も口出しのしようがなかったし、そんなことしたら、ただのやっかみになってしまうのもわかってたから、時々遠くからその子のことを見ているだけだ。
だけど、必死について行って合わせるように笑っているだけにも見える。それは、私の勝手な眼鏡を通してそう見えていただけなのか。
答えは、そう遠くないうちにわかることになる。
彼女たちの話声はやたらと大きく、こちらが注意せずとも聞こえてくる。輪の中心のボス猿のような女は、彼女に言った。
「そういえばさぁ、頼んでいたこと、どうなった?」
一瞬で、彼女の顔は不安で曇った。どこか怯えているように。
「あ……ごめん……」
消え入りそうな声で言うあの子は、身を縮めてうつむいてしまう。
一瞬、その周囲は静まり返る。周りの取り巻きたちの空気が凍り付いたのも、はっきりわかった。
何があったのかは聞いていない。でも、この後の、輪のボス猿の態度で察してしまう。
「ふーん……そう。もういい」
「もういいって……」
彼女のその言葉に答えられることはなかった。ふい、と、彼女からボス猿の顔は背けられ、あの子はそこにいないかのように、他の子たちだけで話は盛り上がっていた。
何かボス猿にとって都合がいいから、引き入れられただけ。そして、期待通りの働きが出来なかったあの子は、もう用がない。
首を跳ねろ!
童話の悪役女王様か。
あまりにもわかりやすい構図に、私は呆れるしかなかったし、そんなことに絶望的な顔をしているあの子のことが、わからなかった。
わからないけれど、ここでこのボス猿に見切りをつけられることが、あの子には困ることなのだ。それは確かなことで。
そういう考えに至った瞬間、私は席を立ちあがり、震える足でその集団に近づいていた。深く考えてはいけない。そしたら、足が止まってしまうから。
「あ……あの……」
思い切って、声をあげた。
その集団は一様に、一応はこちらを振り返る。でも、取るに足らぬ相手と見ると、面倒くさそうな視線を送って来る。
「何?」
投げやりな物言い。話を聞く気がないのがはっきりわかる。だから、何を言ったらいいのか、途端にわからなくなってしまった。正確に言えば、衝動的に動いただけで、どうするのかを全く考えていなかった。
何を言えば、この歪みが正されるだろうか。
上手い言葉が浮かばないならば、思っていることをそのまま言うしかない。とても弱々しい声になってしまったけれど、私は勇気を振り絞った。
「そういうの……よくない……」
「はぁっ?」明らかに、ボス猿は不機嫌になる。そして、私を睨みつけた。「なんで私がそんなこと言われなきゃいけないわけ?」
「だって……」
言葉に詰まってしまう。
このボス猿が、わかってないわけがない。自分が何をしているのか。それでも、自分に正当性がある、そんな顔を何故できるのだろう。
冷静だったなら、そこまで考えられたかもしれないが、私は委縮に抵抗するのに精いっぱいだった。
「わかってんの?」
威圧的な相手の態度に、私は縮こまってしまう。これでは、何のためにこうして口出ししたのかわからない。
何か、何か言わなくちゃ。
そう焦っていると、あの子の叫ぶような声が投げ込まれてきた。
「もういい!お願い……やめて……お願いだから、やめて……」
ほとんど泣き出しそうに、彼女は訴える。
私は、本当はわかっていなかった。そこにどんな事情があったのかも、彼女が何を望んでいて、私にどうして欲しかったのかも。
勝手に、自分の思い込みだけで動いて、望まぬことをして、壊しただけだ。
「もういいから、放っておいて。もう何もしないで。大っ嫌い!」
彼女はしゃがみこんで、とうとう泣き出した。私はただ、それを眺めているしか出来ない。
これが本当に私たちの縁が完全に切れた瞬間だった。
ぐらぐらと、足元がふらつく感覚。地面がグニャグニャしているようで。
最初のコメントを投稿しよう!