赤色と過ちと依存

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 高校生。  あの頃の私は、もっといろんな色の服を着ていたし、こんなに赤だけに囚われることもなかった。どちらかといえば、むしろ地味で目立たない、特にこれといった印象もないような、自己主張をしない意志薄弱な女。  そんなことを言っても、今の自己主張の塊みたいな私を見れば、誰も信じてはくれないだろうけれど。  ヒーローに変身するものだ。かっこいい。  颯太にそう言ってもらって、私はとてもうれしくて、自分を誇らしくも思えたりしたものだけれども、やっぱり、勘違いなんてしちゃいけない。  むしろ、いろんなものをめちゃくちゃにしたのだから。  風邪をこじらせて、一日学校を休んだ。その間に、世界は変わっていた。まるで、熱にうなされて悪い夢でも見ているかのように。  私にだって、友達と言える人はいた。学校以外でもちょくちょく会うくらいには、仲が良かったと、私は思っていた。  けれど、その子は私がたった一日休んでいた間に、クラスの中でも特に目立つような子たちと仲良くなっていた。  ただ、仲良くしているだけならば、私は少し寂しかったとしても、彼女に新しく友達が出来ることを、否定する気はなかった。  だけど、そんな気持ちもほんの一瞬だけ。  今まで遠かった集団の中で、ずっとそこにいたかのように楽しそうに話している彼女に、邪魔してはいけないと思いながらも、私は挨拶くらいはしようとした。  おはよう。  こちらに意識を向けたのはわかった。けれど、一瞬そこにためらいがあったのは、はっきり感じ取れる。おはよう、と返して来ても、どこかぎこちなかったのも、引っかかった。  休み時間にちょっと話しかけようとすると、ごめんね、と、どこか避けられているようにも感じた。  何故だろう。  派手な女の子たちの中で、楽しげに話してはいるけれど、本当に仲がいいのかもわからないし、たった一日で何があったのかもわからない。  聞くことが出来なかった。  ちゃんと聞けばよかったのかもしれない。でも、そんな勇気を私は持ち合わせていなかったし、どこかで見捨てられたという惨めな気持ちもあっただろう。  そこで、私たちの袂は分かたれることになるのだが、話はそう単純ではない。  彼女は、表向きは楽しそうにしている。だから、私も何も口出しのしようがなかったし、そんなことしたら、ただのやっかみになってしまうのもわかってたから、時々遠くからその子のことを見ているだけだ。  だけど、必死について行って合わせるように笑っているだけにも見える。それは、私の勝手な眼鏡を通してそう見えていただけなのか。  答えは、そう遠くないうちにわかることになる。  彼女たちの話声はやたらと大きく、こちらが注意せずとも聞こえてくる。輪の中心のボス猿のような女は、彼女に言った。 「そういえばさぁ、頼んでいたこと、どうなった?」  一瞬で、彼女の顔は不安で曇った。どこか怯えているように。 「あ……ごめん……」  消え入りそうな声で言うあの子は、身を縮めてうつむいてしまう。  一瞬、その周囲は静まり返る。周りの取り巻きたちの空気が凍り付いたのも、はっきりわかった。  何があったのかは聞いていない。でも、この後の、輪のボス猿の態度で察してしまう。 「ふーん……そう。もういい」 「もういいって……」  彼女のその言葉に答えられることはなかった。ふい、と、彼女からボス猿の顔は背けられ、あの子はそこにいないかのように、他の子たちだけで話は盛り上がっていた。  何かボス猿にとって都合がいいから、引き入れられただけ。そして、期待通りの働きが出来なかったあの子は、もう用がない。  首を跳ねろ!  童話の悪役女王様か。  あまりにもわかりやすい構図に、私は呆れるしかなかったし、そんなことに絶望的な顔をしているあの子のことが、わからなかった。  わからないけれど、ここでこのボス猿に見切りをつけられることが、あの子には困ることなのだ。それは確かなことで。  そういう考えに至った瞬間、私は席を立ちあがり、震える足でその集団に近づいていた。深く考えてはいけない。そしたら、足が止まってしまうから。 「あ……あの……」  思い切って、声をあげた。  その集団は一様に、一応はこちらを振り返る。でも、取るに足らぬ相手と見ると、面倒くさそうな視線を送って来る。 「何?」  投げやりな物言い。話を聞く気がないのがはっきりわかる。だから、何を言ったらいいのか、途端にわからなくなってしまった。正確に言えば、衝動的に動いただけで、どうするのかを全く考えていなかった。  何を言えば、この歪みが正されるだろうか。  上手い言葉が浮かばないならば、思っていることをそのまま言うしかない。とても弱々しい声になってしまったけれど、私は勇気を振り絞った。 「そういうの……よくない……」 「はぁっ?」明らかに、ボス猿は不機嫌になる。そして、私を睨みつけた。「なんで私がそんなこと言われなきゃいけないわけ?」 「だって……」  言葉に詰まってしまう。  このボス猿が、わかってないわけがない。自分が何をしているのか。それでも、自分に正当性がある、そんな顔を何故できるのだろう。  冷静だったなら、そこまで考えられたかもしれないが、私は委縮に抵抗するのに精いっぱいだった。 「わかってんの?」  威圧的な相手の態度に、私は縮こまってしまう。これでは、何のためにこうして口出ししたのかわからない。  何か、何か言わなくちゃ。  そう焦っていると、あの子の叫ぶような声が投げ込まれてきた。 「もういい!お願い……やめて……お願いだから、やめて……」  ほとんど泣き出しそうに、彼女は訴える。  私は、本当はわかっていなかった。そこにどんな事情があったのかも、彼女が何を望んでいて、私にどうして欲しかったのかも。  勝手に、自分の思い込みだけで動いて、望まぬことをして、壊しただけだ。 「もういいから、放っておいて。もう何もしないで。大っ嫌い!」  彼女はしゃがみこんで、とうとう泣き出した。私はただ、それを眺めているしか出来ない。  これが本当に私たちの縁が完全に切れた瞬間だった。  ぐらぐらと、足元がふらつく感覚。地面がグニャグニャしているようで。
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