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夫から何かが消えていく。そう感じた。そうやって握りしめた拳をどうするの? 私は何も言わない。夫はそっと拳を解いた。
「ごめん。君のことをちゃんと考えておくべきだった。でもさ、どうして君は笑ってるの?」
そう言い残して夫は別の部屋に行ってしまう。セックスレスになって一年、新婚当初はそういった行為も受け入れてきたけれど、もうそういったことをできなくなっていた。
夫のことは愛しているけれど、そこにセックスするという気持ちがない。過去の傷を抱えたまま男の人に抱かれるという感覚が私にはわからない。
そっと寝室を出て、夫の様子を見た。そこには一人ででアダルトサイトを眺めて慈悲行為をする夫がいた。男の人は性欲が女の人に比べて強い。
それは子孫繁栄というこもあるだろうけれど、きっと愛した人を自分だけのものにしたい。独占欲からくるものだと私は思う。キスも抱きしめることもセックスも全て他の男への牽制であり、所有物だ。
愛してる。子供がほしい。そう願う夫の気持ちはわかるけれど、やはり私にはできなかった。そっと扉を閉じて私はベッドに潜り込んだ。眠れるわけがなかった。
そんなことがあってから数日後、友人から遊びの誘いをうけて私は喫茶店にいた。美味しいケーキと紅茶があるからと誘われたら断る理由もない。
「旅行?」
「そう旅行!! もう少しで夏だし。二人て行こうよ」
「でも、私には夫がいるから」
「大丈夫、大丈夫、日帰りの旅行だから、すぐに帰ってこれるし高校卒業してからほとんど遊びに行ってないでしょ。私達」
彼女とは高校時代からの友人だ。サバサバとした性格で細かいことを気にしない彼女は私のよき友人である。
「それに貴女が結婚してから会う頻度も減ってるし、ね? いいでしょ?」
「うん。ちょっと待って、夫に聞いてみるから」
オッケーと友人が了承し、私はバッグからスマホを取り出した。LINEを開いて夫にメッセージを送る。
数秒後、わかったとだけの素っ気ない返事が返ってきた。私はスマホの電源を切って友人に言う。
「いいらしいわ。どこに行きたい?」
「温泉!!」
即答だった。本音を言えば肌をさらすような場所には行きたくなかったけれど、友人の期待に答えたくて私はうんと頷く。
それから友人と日帰り旅行の準備をした。せっかくの旅行なのだから新しい服や靴を買ってお互いに見せ合う。まるで高校時代に戻ったような楽しさがあった。
旅行当日、夫に日帰りすると言って家を出た。昨晩の出来事以来、夫の態度は冷たい。もともと喧嘩すると自分の殻に閉じ籠るタイプの人なので私は下手に干渉を避けた。
いや、これは言い訳だ。あの夜以来、ほとんど夫の会話がない。あるのは要件がある時だけ、それもほとんどすぐに終わってしまう。
「いってきます」
返事がなかった。
友人との旅行は楽しかった。ほとんど友人が行き先を決めてしまったけれど、私は優柔不断なところがあるから彼女に任せることが多い。
温泉に入り、美味しいご飯を食べた。ちょっと高いマッサージを受けて、夜になれば久しぶりにお酒を飲んだ。
「家ではほとんど飲まないの?」
「うん。夫もそこまで強いほうじゃないから、嗜む程度かな」
「ふーん、まぁ、私も最近、禁酒してるだけどさ」
そう言って彼女は烏龍茶の入ったグラスを揺らした。
「私さ。妊娠したんだよね」
ポツリとこぼれた言葉に驚く、彼女は独身だったはずだ。ずっと独り身でいいと言っていたのに。
「おめでとう」
「ありがとうって言ってもさー、できちゃったって言ったほうが正しいのかも。後輩の男の子とお酒飲んで一晩で、見事になわけよ。不幸中の幸いなのはお互い独身だったことかな?」
「そんなこと言ってはいけないわ。それはほんとうにおめでたいことだもの。相手の人はなんて言ってるの?」
「まだ言ってない。覚悟を決めたらって思ってたらズルズル引きずっちゃってさ。一晩の過ちってくらいにしか考えてないと思う。男って勝手よね。出したらそれで終わりなんだからさ」
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