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友人と遅めの朝食を食べて帰りの電車に乗った。ちょうど通勤時間と重なったのだろう。妊婦の友人を空いていた席に座らせて、私はつり革を掴んでぼーっと外の風景を眺めていた。友人が申し訳ないと言うので大丈夫と答える。
これから一時間近くは電車に揺られることになる。足が痛くなりそうなのに私はずっと昨晩のことを考えていた。死にたい。殺されたい。男との行為の中で見つけた感情。私があの夜からずっと抱え続けていた感覚。
たくさんの人達に囲まれながら私は考えて、ほんの少しの違和感を覚えた。何か触られているような感覚だ。痴漢。そう自覚すると後ろに鼻息の荒い中年のサラリーマンらしき男が立っていた。
私のお尻のあたりを触りながらサラリーマンは言う。
「君ぃ、セックスしたでしょ。ぼ、ぼくはぁわかるんだぁ、は、鼻がいいからねぇ」
下卑た笑みを浮かべながらサラリーマンは言った。お尻のあたりを撫で回しながらしきりに下半身を押し付けてくる。はぁはぁと息が荒い。
髪の毛は何日も洗っていないのか油で汚れてフケまみれ、スーツもあちこちシミや汚れが目立つ。不潔な男だ。周囲の人は誰も気づいていないのか、それとも関わりたくないのかガタンゴトンと電車が走る音だけが響く。
サラリーマンはさらに私の下半身を両手で愛撫し、太ももの辺りを触る。陰部のあたりに指をかけて耳元でささやく。
「濡れてるねぇ、や、やっぱりしたんだぁ、へへ、おじさんともさぁ、しようよぉ。いくら、いくらほしいの?」
痴漢の次は援交。ほとほと見下げ果てたサラリーマン。目の前には友人がいる。助けを求めればきっと大丈夫なのはわかっている。友人は旅行の疲れから少しうとうとしているようだ。声が出なかった。それは恐怖だったかもしれないし、ただ面倒だっただけかもしれない。
ただ一つだけ言えることはこの男ではないという気持ちだけ。どうしようか迷っていた矢先のことだった。サラリーマンの隣に立っていた男がいきなり電車がブレーキをかけたタイミングでサラリーマンの足を踏んだ。
サラリーマンの悲鳴が電車の中に響き、友人がち、痴漢!? と叫んだ。そりゃそうだ。目の前で下半身をどうどうと触っているのだから友人の目線にはバッチリうつっただろう。
「はーい。おとなしくしてなよ。現行犯逮捕ってやつかな? ま、俺は警察じゃないけどさ」
そう言ってサラリーマンの腕を捻りあげるのは、昨晩、出会った男だった。そっと人差し指を立ててシーッとジェスチャーをしてくるので、私はこくこくと頷いた。
それから次の駅でサラリーマンと私、友人、男の四人で降りた。男が係員に痴漢を捕まえた方向をする。それからのことはよく覚えていなかった。
警察を呼ばれ事情聴取を受けて、サラリーマンが何やら冤罪だとか騒ぎ立てていた。私は悪くないとか、なんとか。とにかく後日連絡しますいうことになり、男と友人、私の三人はタクシーで帰ることになった。
サラリーマンは初犯で、略式起訴になるだろうとのことだった。その後のことはほとんどよく覚えていない。
「助けていただいてありがとうございました。それにタクシーの代金まで払ってもらって」
私にかわって友人がぺこへと頭を下げていた。
「そんなに謝られても困るよ。偶然だってさ。ね? お姉さん」
「…………そうね。その通りかも」
「あーもー、なんでこの子ばかりそういう目に合うの!?」
「何かあったの? もしかしてそういうことが多いとか?」
「あ、だからって貴方にはこの子を渡さないからね!! 痴漢から助けてくれたのはありがたいけれど
、この子は既婚者なんだからさ。浮気ダメ。絶対!!」
「へー、既婚者なんだ」
男が私を見ながら言った。
「そうだよねー。浮気はダメだよねぇ?」
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