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2章
「何、やられかけてんの」
トイレの前で九龍を待ち受け、目が合って開口一番に私は言い放った。私の名前を憶えていた九龍は「芦田さん、なんで」と言い、少し赤くなった目をこすった。私はその手を掴み「もっと赤くなるからこするのはやめなさい」と言い、そのまま話し続けた。
「私は、自分が武器として化粧を取ることに疑問はない。あなたもそうなんでしょ?」
彼はうるんだ瞳をさらにぼやぼやとさせながら、ゆっくりと頭を縦に振った。一滴、涙が床に落ちる。私はその首肯に満足し、
「戻るわよ。あんな奴にやられっぱなしでたまるか! ね!」
と無理やり彼を味方に引き入れてから、九龍にハンカチを手渡した。
「あ、あと、もうあなた飲まなくていいわよ。注文の時は私にウーロンハイお願いって言いなさい。店員にはウーロン茶を頼んで回すから」
少しあっけにとられたようにしながら、九龍はガサガサの声で「あ、はい」とだけ言った。
「酔った勢いで乗り切ろうとしないで、ちゃんと戦えるようになりなさい」
■
「先輩は、俺に聞かないんすね」
部屋からの帰り際、私が玄関で靴を履いていると、背後から九龍は言った。
「何をよ」
立ち上がって振り返ると、彼は唇をにゅっ、と突き出しながら「中身がぁ、女の子? やだかわい~」と言い、そのあと支えの糸を全て切ったかのように表情を落とし「とか、そういうことです」と言った。
「なに? 聞いてほしいの?」
「聞いてほしいです。今」
あれ以来、彼と酒を飲んだことはない。
「先輩、ちょっとだけ、いいですか」
そう言って、彼は私の肩に額を預け、そっと背中に手を回してきた。やわく、シャボン玉を抱きしようとするかのように、私の輪郭をそっとなぞるように。
「俺、もう、わかんないです。全部。わかる何かが、欲しい」
手を、回すべきだろうか。この背中に。安心を落とし込んであげるべきだろうか。この手のひらに収まりそうだと錯覚してしまいそうな、小さな頭に。
プライドの在処が同じ人間とは、恋愛なんてできたものではない。そう思わないと、いつも惹かれてしまうのは、同じ穴のムジナだ。
私の鼓動を聞くように九龍は額を、私の肩に押し付けている。
もう、言い逃れはできない。
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