魔術師殺人事件

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私たちがいつも通っているレストランは古びた煉瓦造りの建物だ。蔦で覆われ、所々ひび割れていることから廃墟と勘違いされる事が多々あるが、ちゃんと営業している。正面入り口から見て左端が私たちがいつも座っている席だ。食事は決まって私がスパゲティ。助手はパンと数字が入ったスープを注文する。助手は数字が好きらしい。スプーンで掬い上げた数字を足したり引いたりして楽しむと前に聞いたことがあった。料理を注文し終えると助手はいつも持ち歩いている一冊の本を読み始め、私は窓から見えるブリッジと流れていく人並みをみる。ここの雰囲気は落ち着きはするが代わり映えのない風景というのも如何なものか。変化を求め、彷徨い歩く事が人生なんじゃないか。などと私はいつもここでどうでもいい事を考えるのが日課になっていた。食事を終えると私たちはこれからの方針を決める。現状を整理する。軍はただ一人の証言者を信用して怪しい老人を探しているが、どうにも当てにならない。少佐は捜索に参加しろと言ったが、動員を増やしても時間の無駄だろう。そもそも今回の少佐の対応がどうにも怪しい。犯人の逮捕は二の次で魔術書の回収を優先している。治安を維持するのが軍の仕事だが、それを放棄してまで本を探す理由などあるのだろうか。まぁ、少佐の手の平であろうともお金のためなら盲目に探そうではないか。「捜索に加わってくれと言われたが、軍の方々で事足りるだろう。私たちは別のアプローチで本を探そうか。もう一度館に戻って情報を集めよう」スプーンを回す助手は呆けた表情で魂の抜けた虚な目をしている。話は多分聞いていなかったようだ。「先生、トリックって知ってますか」魔法に見せかけただましの仕掛けのことだった気がする。「私、魔法よりもトリックの方が好みです。魔法は正しいか分からないけどトリックは必ず法則に当てはまるから」助手はこちらに目を見据える。言いたい事がなんとなく分かった。「あの殺人にトリックが使われているって言いたいの?」「先生はそう思いませんでしたか?」私はトリックとも悪魔の仕業とも思わなかった。どうしようもない力がそこに働いたと感じただけだ。そこに誤りはない筈である。それはそうと私は注意する。「今回の仕事は魔術書を見つけることであって犯人を探すことじゃない。目的を取り違えないように」「そんなのつまらないです。私はトリックを見破ってみたいんです」我儘な子である。しかしトリックではないと否定しきれないのも確かだ。もしトリックだったとしたら魔術書を使った殺人事態が嘘だとなる。軍の仕事が徒労に終わらない為にも布石を置いても構わないだろう。そうして助手はトリックを見破る為、私は本を探す為に館に戻る事にした。
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