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「メイド長、そろそろ帰らせていただきます」辺りはもう夕日が差し迫る時刻。家の明かりが灯り人々は夜の準備をする。「それでどうですか。進展の方は」メイド長は真剣な面持ちで聞く。「あまり在りません。明日はべつの方法を取ろうと思っています」「そうでしたか。絶対に犯人を捕まえて下さいね」「ええ、必ず」私たちはメイド長に玄関まで送ってもらう。玄関には質問に応えてくれた研究者、そして少佐の姿があった。「何処で道草を食っていると思ったら随分とこの館が気にいったようだな」「まぁ、話は後でしましょう」私は苦笑しながら少佐を促した。揃って玄関を出ようとしたが助手の姿が何処にもない。助手はヘカテーの像を凝視したまま全く動かない。「もう出るよ」「先生、この像と写真を撮りたいです」珍しい事に記念撮影をしたいらしい。少佐はまた顔を顰めた。「殺害現場で記念撮影なんて聞いたことがないぞ」私は少佐を宥める。「少佐、助手が駄々をこねるなんてそうそう在りません。どうか許してもらえませんか」渋々と承諾する少佐を尻目に私はメイド長に確認する。「メイド長。写しても構いませんか?」メイド長は戸惑いながらも了承してくれた。私は予め用意してあったカメラを持って像に近寄っていく。「折角ですし皆さんも如何ですか」一人で写っても淋しいだろうと私は皆を誘った。「いいから早く撮れ」「少佐、後悔はさせません。どうか一緒に」少佐は小さく唸った後、仕方がないと捨て台詞を吐き像の前に向かった。私は他の人達も誘う。「さぁどうぞ皆さんも並んでください」研究員が並びその隣にメイド長が並ぶ。私は用意していたカメラを構えるとシャッターを切った。「うーん、少し暗くて撮りづらいなぁ」ちょっと待っていてくださいと私は電燈のスイッチを探す。「確かこの辺にスイッチがあった筈」スイッチは上下に一つずつ付いている。私は見せつけるようにゆっくりと下のボタンを押そうとした。その瞬間激しい音を立て、素早く影が動く。その人物は罠に嵌められたことを感じ取ったのか茫然と立ち尽くした。「メイド長。どうなさいました。お並びください」真っ青な顔をして睨みつけるメイド長。「もうそろそろ夕刻です。お帰り下さい」苦し紛れの攻防に水を差したのは少佐だった。「一体何をしているんだ」戸惑う少佐に私は告げる。「少佐、たった今この事件の犯人が分かりました」戸惑う空気が辺りを満たす。「それじゃあ彼女が悪魔を召喚した犯人なのか」私は首を振った。「今回の殺人は悪魔召喚によるものではありません」「何を言う。あれほど無惨な死体が悪魔のせいではないと言うのか」私は語り出す。「私も悪魔のせいだと決めつけていましたが、助手の調べで証拠が出てきたんですよ」助手は楽しそうに私を見つめる。こういう時だけ助手は耳を傾けるのだ。私は壁のシミに指を差す。次に床のシミを差した。「ここは照明が暗く目を凝らさない限りこのシミに気づくのは難しい。それに加えて悪魔のせいだと思い込んでいた盲目な私たちに気付くのは不可能に近い」「しかしこのシミがなんだって言うのだ。ただの拭き残しではないか」いや、このシミには重要な意味がある。「少佐、本をイメージしてください。読んでいる時にワインを一滴零したとする。それに気づかずに本を閉じたらどうなりますか」「他のページに跡がつく」そう言った少佐の顔が見る見ると青くなっていった。「被害者にも同じ事が起こったんですよ」「壁が倒れ押し潰されたと言うのか」少佐は悲鳴に近い声で言う。「信じられませんが、現に証拠があります」「しかし、壁は今立っているじゃないか」そここそ今回のトリックの肝だ。「仕掛け装置ですよ」ここの主人は友人から館を譲られたらしい。その友人はここの主人を殺害する為に譲ったのではないのだろうか。「だが、目の前にある像はどうする。これでは壁が倒れる前に引っ掛かってしまう」「壁はアーチ状に倒れたんです」おそらく像は犯行を誤魔化す為にわざと設置したのだ。「メイド長、貴方は何らかの理由をつけて主人を像の隣の位置に誘った。それを見計らい照明ボタンの下方を押す。仕掛けが発動するまで数秒とかからなかったでしょう。主人の身体は老いのおかげで見事に潰れた。後は悪魔の仕業に見せかける為に死体を像の前に持っていき紋章を記した。さぁ、言い逃れできますか」静まり返る広間。メイド長はブツブツと呟いたまま動かない。「取り敢えずこちらで処理しよう」少佐はメイド長に手錠をかけ部下たちに連行させた。「しかし、参ったな魔術書が絡んでいないとは」「犯人よりも本にご熱心ですか。一体上からどんな命令を受けているんです?」少佐は私の質問を無視する。「この度は協力に感謝する。礼金は後日送らせてもらう。また頼むよ」そう言って少佐は寂しそうに館からでていった。メイド長が亡くなったのを知ったのは翌日のことだった。新聞には毒を飲んで自殺をしたとか悪魔に殺されたなどと書かれていたが、審議の程は定かではない。
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