0人が本棚に入れています
本棚に追加
「提案がある」藤井さんが、真っ直ぐに痴漢男の顔を見た。
「ああ?なんだ、生意気に」
「俺と、決闘をしてくれないか」
決闘?私は言葉の意味がわからなかった。そしてそれは、痴漢男も同じだった。なんだ、決闘ってのは、と訝しげに言った。
「お前はそのナイフを使っても構わない。俺は何も武器を持たない。それで俺と決闘してくれないか。俺だって憎いだろう?」
それを聞いて、男はニタっと笑った。
「そりゃいい。お前もぶっ殺してやりたいからな。ただし、条件がある」
「なんだ?」
「お前は腕を縛って戦え」
痴漢男は、さらに藤井さんが不利になる要求をした。が、藤井さんは文句ひとつ言わず、わかった、とだけ言った。そして、着ていたシャツを脱いで、自分の腕に巻きつけた。
「これでいいか」
「ああ、いいぜ」そう言うと、痴漢男は私の拘束を解いて、藤井さんの方へと歩き出した。
駄目だ。このままでは本当に藤井さんが殺されてしまう。助けを呼ぼうとしたが、私の声は遠くのグラウンドから鳴った大きな歓声にかき消された。痴漢男は既に、藤井さんの目の前にいた。藤井さんが本当に殺される。私の頬には、大粒の涙がぽろぽろと流れた。
その時だった。天から何か白い物体が降ってきて、痴漢男の脳天へ直撃した。痴漢男は呻きながらよろける。その瞬間を、藤井さんは見逃さなかった。肩でタックルを繰り出し、男を吹っ飛ばした。その拍子に、ナイフが遠くへ飛んでいく。
「お前たち、何をしてるんだ!」
少し遅れて、グラウンドの方から男が二人、走ってくる。程なくして、痴漢男は男二人に拘束された。藤井さんが事情を話すと、二人はすぐに警察へ連絡を入れてくれた。
「危ないところでしたね、遠藤さん」駆けつけた男二人のうち、一人の男が言った。「遠藤さんが少年野球を見に行くって言わなかったら、この事件を見過ごすところでしたね」
もう一人の男は、小さく頷きながらも、顔はグラウンドの方へと向かって呟いた。
「あいつ、でっかいホームラン、打てるじゃねえか」
最初のコメントを投稿しよう!