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今、世間を騒がせている現象がある。 夜道を歩いていると、突然目の前に青白く燃える火の玉が現れ、追いかけてくるというものだ。 だが、そういった類いの噂には、必ずとは言えないが、種があるものがほとんどだろう。 漏れなく今回の騒動も、世間はフェイク動画だと、早々にけりをつけようとしていた。だが、実際にそれを見たと目撃者が多数上がれば、そうもいかない。 火の玉は現実にあって、実際にこの目で見て追いかけられたと、年齢性別関係なく、東京のあちこちで声が上がり始めたのだ。 その話によると、火の玉は、どこからか糸で吊るされている訳でも、映像やライトが闇夜に投影されている訳でもないようで。 そして、得体の知れない恐怖に戦いている内に、気づくと消えているという。 まるで人を嘲笑うみたいに。 それは神出鬼没で、心霊スポットや曰く付きの場所に現れるという訳ではなく、夜であれば時間も場所も関係ないという。 ただこの一月余り、青い火の玉は、東京都内にある、とある町に集中して現れるとの事だった。 メゾン・ド・モナコという名のアパートは、その、とある町にあった。 大きな神社のある駅から、二十分程歩いた先、住宅街から少し離れた場所に、ひっそり佇む建物がある。 背の高い生け垣に囲まれた広々とした敷地の中にあるのは、大正ロマン風のレトロな洋館。 三角の屋根がついた二階建てで、下見板張りの壁に、木枠の窓が幾つもついている。 だが、このアパート。アパートと言われなければ、ここがアパートで、更に居住者が居るとは思わないだろう。 その理由は、アパートに近づけば近づく程良く分かる。 美しかったであろう外壁や屋根は、所々剥がれ落ちており、そのせいか、建物が纏う雰囲気は暗く淀んで、最早廃屋のように見える。外観だけ見れば、本当に人が住んでいるのかと疑ってしまうのも頷けた。 そう見えるのは、建物だけが原因ではない。雑草が伸び放題である庭も、その要因の一つだろう。 入り口となる錆びたアーチから中を覗けば、手前に広々とした庭が見える。雑草が伸び放題ではあるが、端の方に人の通れる道はちゃんと確保されてあるようだ。見た目は完全に獣道であるが。庭の隅には、小屋のような倉庫もある。 そんな危うさを感じるアパートだが、玄関周りだけは、ちゃんと人の気配があった。 敷地入り口のアーチから見たら、アパートの玄関は向かって左側だ。 玄関手前には大きな桜の木が青々と葉を茂らせ、その脇には花壇があった。花壇には、朝顔や桔梗が咲き、愛情を持って育てられているのが良く分かる。 玄関のドア上にはポーチがあり、木のドアには曇りガラスが、ドアの上部の壁には、カラフルなステンドグラスが嵌め込まれていた。ドア横には、アンティークの壁掛けライトもある。 ドアを開けると、広々とした玄関口には、七人分の大小様々な靴が置かれていた。脇には共同の靴箱や傘立てがあり、観葉植物もあった。 ここはシェアハウスとして使われているので、一階は全て共同フロアだ。 一階には、キッチン、リビングとダイニング、トイレに風呂、洗面所が。 リビングとダイニングは広く、ソファーやダイニングテーブル等置かれているが、それでも空間を弄んでいる、どこか不自然な広さだった。 ガラスの可愛らしい吊下灯に、大きな柱時計の振り子が揺れている。壁の上部には、所々ステンドグラスが嵌め込まれていた。 リビング部分からは庭へと出られるようになっており、縁側のようになっているが、残念ながら雑草しか見えない。 二階に上がる階段は、玄関から入ってすぐ、向かって左側にある。二階には、住人達が暮らす部屋が七室と、トイレが一つ。 全体的にアパートの内装もレトロモダンな印象で、年季を感じる木材の温もりには、郷愁を誘われるような香りがする。 白い壁に、木目の床、天井は深い色の木が格子柄に組んである格天井で、規則的ながらデザイン製も感じられるのが不思議だ。 家具は全てアンティーク調な物で揃えられており、こうして見ると、廊下の奥からハイカラさんがやって来そうだ。
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