プロローグ

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「さっき、初めて会った日のこと訊いたよね? 改札で私が何か言いたそうだったって。あのね、心の中で願ったの。お願い諦めないでって。その……君が日本人だから。だって、いいなって思っても韓国人は初めは絶対に断るよ」  あの時の気持ち、丁度横切ったパークを走って一周したいぐらいに、降る雨粒一つ一つすべてにキスをしたいぐらいに嬉しかった。私はシアとは反対側の手、右手の拳をさり気なく握ったにとどめたけれど、もしくは韓国の男性ならそうしていただろうか、きっとそうだと思う。  恐らくオックスフォードの街の住人からしてみれば、私とシアは何も変わらない、何も違わない肌、人種だ。だが白と黒、北と南、夏と冬、月と太陽ぐらいに価値観は相容れない。  私は今では当時よりも韓国の文化や価値観を知っている。知っているからこそ、日本では決して誉め言葉としては使わない、彼女に最も当て嵌まる韓国の最上の誉め言葉でシアがどんな人なのかを言い表したい。  八方美人――。 「今度の土曜日、一緒に試合観に行かない? その、僕とデートしてください」 「いいよ」 「本当? 本当だね!?」  だから有頂天に傘を放り投げシアの両手を包み込むようにして、一生君を離さないからとでも意思表示するかのようにきつく握って、そんな事を言ったんだ。
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