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半ばパニックに陥った俺は、焦りに駆られて辺りを見渡す。
動いていなければ俺自身もクラスメイト達のように止まってしまう、そして灰色に染まってしまうように思えてしまったから。
そして、左側を向いたところで、俺は思わず息を呑んだ。
俺の左の席に座っている竺紫野琴羽。
彼女だけは灰色に染まっていなかった。
彼女だけはその色が失われていなかったのだ。
彼女の黒髪は、先程目にした時と変らずに艶やかなままだった。
そして、彼女だけはちゃんと動いていた。
彼女はいつものように背筋を伸ばし、教壇に立っている銅像のような大浦先生にその視線を向けていた。
その口元は、何かを口ずさんでいるかのように微かに動いていた。
俺の心に安堵の念が湧き上がる。
良かった、この世界に取り残されたのは俺だけではなかったと思った。
まさに地獄に仏、といった心境だった。
カラカラの喉から声を搾り出すようにして竺紫野琴羽へと呼び掛ける。
「あ……、あの……」といった、まるで呻きのような、自分のものとも思えない弱々しい声が喉の奥から搾り出される。
俺のか細い呼び声が届いたのか、彼女はゆっくりと俺の方へとその顔を向ける。
竺紫野琴羽と目が合った。
彼女の瞳をしっかり見るのは、その時が初めてだった。
分厚いレンズ越しに彼女の切れ長の目が見えた。
その目の中に佇む瞳の黒々とした色合いが俺の心へと飛び込んできた。
その色合いは、夜の闇を思わせるようだった。
その闇の色合いは無機質なものではなく、また、虚無を感じさせるようなものでもなかった。
その奥底に何物かを匿し持っているかのような色合いの闇。
深々とした闇の中に無数の煌めきが飛び交っている、そのようにも思えた。
とてつもなく深い寂しさ、そして、とてつもなく強い気持ちが俺の心に流れ込んでくるように感じられた。
それは、これまで抱いたことの無い感覚だった。
それだけでは無かった。
じんわりとした懐かさが心の奥底から静かに湧き上がってくるような感覚もまた抱きつつあった。
俺はこう思った。
この瞳に見詰められている限り、俺の時間は止まらない。
この瞳を見詰めている限り、俺は灰色に染まらない。
俺を取り巻く現実がグラリと傾ぎ始めていた。
日常って、こんな感じに何の前触れも無く、そして呆気なく失われていくんだな。
灰色の静寂の中、竺紫野琴羽の瞳に救われた俺は、ぼんやりとそう思っていた。
ふわりと微風が吹き抜けたような気がした。
仄かに緑を帯びた、柔らかな微風が吹き抜けたように思った。
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