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「殊に人に知られぬもの 凶会日……」
俺は、ハッと我に返った。
耳に飛び込んできたのは普段と変わらぬ大浦先生の流暢な朗読だった。
目に飛び込んできたのは普段と変わらぬ教室の風景であり、そして普段と変わらぬクラスメイト達の姿だった。
俺は思わず窓の外へと目を遣る。
空は抜けるような青を湛え、浮かぶ雲は綿飴のように白く軽やかなものとして目に映った。
やや暑さを纏った微風がふわりと頬を撫で去って行った。
安堵、そして驚きのためか、俺は思わず席から立ち上がってしまった。
「ガタンッ!」と大袈裟な音が教室中へと響き渡る。
クラスメイトの視線が、唐突に立ち上がった俺へと一斉に注がれる。
朗読を中断し、驚いたような視線を向ける大浦先生に対して「あ…済みません…」と曖昧に謝りつつ、俺は席へと着く。
教室のそこかしこから忍び笑いが響いてきた。
俺は恥ずかしさを堪え、俯きつつ顔を赤らめた。
ふと、左側から視線を感じた。
恐る恐る左のほうへと視線を向ける。
俺のほうを見ていた竺紫野琴羽と視線が交わる。
ドキン!と心臓が脈を打つ。
その黒々とした色合いの瞳は、夢の中で俺が縋り付いたものと同じだったのだ。
え?と思った時には既に、竺紫野琴羽の視線は教壇のほうへと向けられていた。
そして、残りの古文の授業中、彼女と再び視線を交すことは無かった。
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