第一章 揺蕩う波間に揺れるかげ

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そんなこんなで竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)の思惑通り、俺はこの三名組と肩を並べるようにして、市立病院の屋上から夜の始まりを眺める羽目に陥ってしまった訳だ。 まるで拉致されるようにして、この人達にこんなところまで連れて来られたことは未だに訳が分からない。 市立病院の非常階段に勝手に立ち入って、そして何の許可も無いままにその屋上に陣取っているのって絶対に良くないと思う。 こんなところを病院の人に見つかりでもしたら、きっと怒られてしまうんだろう。 模範的とは言えないまでも、取り立てて悪目立ちすることも無い、ごくごく普通で至って平穏な学生生活を送っている身としては、そういうことはなるべく避けたいなと思ってしまう。 けれども…… いつ病院の人に見つかってしまうだろうかとビクビクしているのって、どうやらこの俺だけのようだ。 登也(とうや)先輩と緋奈(ひな)先輩は、街のあちこちを指差したりしながら何やら楽しげに会話を交わしている。 竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)は、手すりにその身体をもたれ掛からせるようにして悠然と街を見下ろしている。 見つかるとか、あるいは怒られるとか、そんなことを気にしている素振りなんて全く無いみたいだ。 そして、この三人組が一体何をしているのか、全く以て意味が分からない。 始めてこの街を訪れた観光客とかならまだ分かるけど、この街で生活しているんだから、別に珍しいものなんて何にも無いだろうに。 そして、この場に連れて来たことについて、俺に一切の説明も無かったりする訳だ。 何なんだよこの人達?などと言った憤慨めいた思いが、俺の心の中にて湧き上がってくる。 しかしながら、この状況って訳の分からないことだらけだ。 訳が分からないこと「その1」 それは、双子の日向野(ひむかの)兄妹がこの場に居るということだ。 この日向野(ひむかの)兄妹は、東高の中では相当な有名人だったりする。 兄妹とも、それぞれが属する部活動ではエース級の活躍を見せていて、毎月のように何かの対外試合で大活躍しては全校集会などで表彰を受けている。 そして、この双子兄妹が目立っているのは、何も部活動での活躍振りだけではないのだ。 兄妹それぞれが相当に人目を惹き付けるルックスを備えているのだ。 兄である登也(とうや)先輩は、180センチを超える長身に筋骨隆々という言葉が相応しいガッチリとした体格で、相当な威圧感、いやいや頼もしさを醸し出している。 その顔立ちにしても、格闘漫画の主人公、あるいは戦国時代の漫画のキャラクターなどのように目鼻立ちがクッキリとしていて、如何にも男っぽくて力強いといった雰囲気だ。 短めに刈り込んだ髪の毛を整髪料でツンツンと立てていて、爽やかさと男らしさ、そして溌剌さを際立たせているといった印象を受けさせられる。 性格はいわゆる沈思黙考タイプだとのことだけど、周りの人とあまりコミュニケーションを取らないなどという訳じゃなく、部活の後輩たちへの面倒見も大変に良くて人望も篤いらしい。 そんなんだから、女子達の間で密かに絶大な人気があるとの噂が流れている。 その上、一部の男子からは『登也(とうや)のアニキ』などと崇拝じみた人気も集めているとの恐ろしい噂すら流れている始末だったりする。 双子の妹である緋奈(ひな)先輩に至っては、俺も含めた東高(ひがしこう)全男子の熱視線を一身に集めているといっても言い過ぎじゃないだろう。 170センチはあろうかという女子としては際立った長身。 凹凸のメリハリが目を惹く抜群のプロポーション。 やや茶を帯びて少しウェーブがかかった、背中の真ん中くらいまでの長い髪。 陸上部であるはずなのに雪のような白い肌。 そして、二重瞼もぱっちりした大きな瞳にぽってりとした唇が一際目を惹くモデル並みの小さな顔と、そのルックスが圧倒的に完璧過ぎるのだ。 大人っぽさの中に絶妙な加減で幼さを残してるって感じだし、体型はスリムな上にその胸は人目を(みは)らせるまでに大きいという、もう最強としか言いようのないルックスだ。 その上、弁も立つとのことだ。 一年生の時の弁論大会では二年生・三年生の先輩方が居並ぶ中で圧巻とも言えるスピーチを披露し、全校生徒は勿論のこと、全教師をも涙の海へと叩き込んで学校史上初の満点を取得してブッチギリで優勝したとの伝説すら打ち立てているほどだ。 性格も穏やかで優しいとのことであり、とにかく相手を褒めることが得意との噂だ。 それもおだてるとかって感じでなく、相手の良さをちゃんと理解し、上から目線などでなくて、寄り添うような感じで褒めてるみたいだ。 そのためか、校内で緋奈(ひな)先輩を妬んだり悪く言ったりする人は全くと言っていいほど居ないらしい。 こんな完璧女子ならば、普通は相当な嫉妬を集めてしまいそうなものだけれども、そんな通俗的な常識など、緋奈(ひな)先輩の圧倒的な美しさと清らかさの前では無意味みたいだ。 そして、当然のことだろうけど、そんな緋奈(ひな)先輩に想いを抱く男子は少なくない。 最早、全校男子の憧れの的であると言っても大袈裟ではないだろう。 また、男子のみならず女子の間でも密かに緋奈(ひな)先輩のファンクラブが結成されているというのが専らの噂だ。 男女問わず緋奈(ひな)先輩のことを『東高の女神様』とお呼びしているし、『緋奈(ひな)先輩親衛隊』なる謎の組織がまるで秘密結社のようにして校内に存在し、闇のギルドのように暗躍しているらしい。 俺のクラスにしてみたところで、緋奈(ひな)先輩の熱烈なファンであることを公言して(はばか)らない男子は少なくなかったりする。 また、極めて謎めいているのが、この双子の兄妹はほとんどの時間を一緒に過ごしているという点だ。 この兄妹、それぞれのクラスこそ違うものの、休み時間になると廊下にて二人で談笑しているとのことだし、昼休みともなると屋上にて一緒に弁当を広げているらしい。 その弁当は、どうやら緋奈(ひな)先輩の手作りらしい。 おまけに登下校の時だって、必ず一緒らしい。 『双子の兄妹』というのはカムフラージュに過ぎず、本当のところは恋人同士、いやいや許嫁などではないかという噂がまことしやかに(ささや)かれている。 実際、この兄妹が連れ立って語らいつつ仲良く歩いている様は、まるで映画やドラマのワンシーンのように完璧に様になっているし、そして誰も入り込めないような親密なオーラに満ち満ちている。 そんなんだから、それぞれが如何に絶大な人気を誇り、如何に熱烈なファンが多かろうとも、誰も二人の前では、それを面だって口に出したりなど出来ないのだ。 緋奈(ひな)先輩に告白した男子が登也(とうや)先輩に体育館の裏へと連行された挙句にボコボコにされていつの間にか転校したという噂、あるいは登也(とうや)先輩にバレンタインデーのチョコを渡そうとした女子が緋奈(ひな)先輩に旧校舎の女子トイレへと連行され、三時間に渡ってご尋問やらご説教やらを賜り、次の日は学校を休んで号泣し続けたという噂などがまことしやかに(ささや)かれている。 その噓の真偽の程は分からないけれども、でも、いずれもさもありなんと思わされてしまうほどに、この双子の兄妹先輩は仲睦まじい訳だ。
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