第一章 揺蕩う波間に揺れるかげ

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そして、訳が分からないことの「その2」 それは、俺のクラスメイトである竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)のことだ。 彼女こそが今回、俺が唐突に市民病院の屋上へと連行されてしまったこの事件の首謀者なんだろう。 その竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)は、俺達のクラスの中では全く目立たない生徒なんだ。 忍者かよ!と思わせるほどに、クラスの中でのその存在感はすこぶる希薄だ。 校門を出ようとした俺がその存在に気付かず、ついついぶつかりそうになってしまった程に、その気配も希薄だ。 まず、その見た目がとにかく地味だ。 その黒髪は頭の後ろで一本の三つ編みに結われていて、その顔にはレンズも分厚い黒縁のメガネを掛けている。 分厚い黒縁メガネのせいか、その顔に浮かんでいる表情はいつもよく分からない。 漫画などでメガネキャラが悪巧みしている時にレンズがキラーンと光り、その瞳を見えなくしているような表現があるけれども、竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)は常にそんな感じなのだ。 その背丈は160センチほど。 俺より頭半分ほど低い程度であり、女子の中では普通といったところだろう。 そして、クラスの中で誰かと仲良く喋っているところを見掛けたことなんて、もう全くと言っていいほどに無かったりする。 常に独りだ。 休み時間も独りだし、お昼に弁当を食べている時も独りだ。 要するにボッチだ。 ストイックなまでにボッチだ。 かと言って、そのボッチの様が目立つなんてことは無かったりする。 ごくごく自然な感じにボッチをしている。 それは、悲壮感や孤独感などを一切漂わせない、まさしく堂々たるボッチぶりだ。 普通だったら、クラスの中にこんなハードなボッチが居たとしたら、色んなことによく気が付いて、優しみに溢れていて、そしてコミュニケーション能力に長けた誰かがその孤独っぷりに心を痛めた挙句、話し掛けてみることが一度や二度はありそうなものだと思う。 けれども、この竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)に関しては、そんなことなど一切無かったりするんだ。 そんな気持ちを誰にも起こさせないほどに、ごく自然にボッチをしている。 変な例えだけど、もしもプロのボッチなるものがこの世に存在するのならば、この竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)こそがまさにそれなんだろう。 もちろん、部活にだって入っていないみたいだ。 放課後に何をしているかなど、その私生活の一切が不明だ。 そしてまたまた謎なのが、誰もこの竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)の噂話などを全くしないという点だ。 その壮絶なボッチぶりがクラスメイトの興味を引き、あれやこれやと想像や妄想に基づいた噂話が飛び交ってしまい、それが何時しか心無い悪口へと姿を変えてしまうといったことなんて全く無い。 誰一人として、この竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)の噂話をしようとする気すら起こらないみたいなんだ。 ついでに言うと…、その体つきも至ってフラットだ。 つまり…、そういう事だ。 良くも悪くも他人の興味を全く惹くことが無い、それが竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)なのだ。 そんなボッチな竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)が、東校の全生徒からの羨望の眼差しを一身に集める日向野(ひむかの)兄妹と一緒に行動している。 その上、そんな二人に対して何故かタメ口で話し掛けている。 男らしさの権化のような登也(とうや)先輩が、どこか(うやうや)しい態度で接している。 『東高の大天使』たる緋奈(ひな)先輩が、どこかへりくだった態度すら見せている。 竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)がこの場を取り仕切っている感すらある。 謎だ。 地味極まりないプロのボッチなのに。 本当に、謎だ。 そして。 俺はふと気が付いてしまう。 その竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)が、いつの間にやらその左手に何かの棒を携えていることに。 俺が校門で拉致られた時、そんなものは持ってなどいなかったはずなのに。 それは、真っ直ぐでなくて緩やかなカーブのある、長さが1メートル程度の黒く塗られた棒だ。 ところどころが糸や布などで巻かれている棒だ。 棒と言うよりも、なんか刀っぽい感じだ。 と言うか……、刀そのものだ。 戦国時代な漫画や時代劇の映画などでよく見掛ける、鞘に納まった日本刀だ。 本物かどうかは分からないけど。 多分、レプリカの類だろう。 いや、多分じゃなくて絶対にそうであって欲しい。 なにしろ、ここは夜を迎えつつある市民病院なんだ。 日本刀はあんまり似合わないと思うんだ。 それとも、もしかして… 竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)は伝説の暗殺者とかだったりして、そして、この病院に悪の親分とかが入院でもしてて、これから殴り込みでも掛ける積もりなのか? けれども、そんな殺気だった雰囲気などは全く漂わせていない。 そして、その表情はいつもの事ながらよく分からない。 分厚いレンズがキラーンと光っていて、その下の表情を覆い隠しているといった感じだ。 でも……。 こうして竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)の佇まいを眺めていると、何とも言えぬ違和感が心の中に湧き上がってきてしまう。 その違和感とは、例えるならば……、彼女を何か透明で分厚い膜が覆っていて、それが彼女の存在感や雰囲気をカムフラージュしている、とでも言ったら良いのだろうか。 つくづく謎ばかりだ、この竺紫野(つくしの)琴羽(ことは)は。 俺は、今日の午後の授業での出来事、そして、その時の彼女の様子を改めて思い返す。 あの出来事は、思い出せば思い出す程に訳が分からなくなってしまう不可思議なものだった。
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