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第二章 灰の夢間に煌る黒
それは五限目、午後の最初の授業での出来事だった。
五限目は古文の授業だった。
古文を担当しているのは大学を卒業してからまだ二、三年といったところの大浦早苗先生だ。
キッチリとしたパンツスタイルに身を包んだその姿は凜々しいけれどもまだ何処か可愛らしさも漂わせていて、男子生徒達からは密かに憧れを集めていたりもする。
古文の授業では先生が朗読することも多いんだけど、大浦先生の声の響きはとにかく滑らかで、ついつい聞き惚れてしまうこともあるくらいだ。
ただ、問題なのは、その声の響きがあまりに心地良すぎて、自分の意識を保ち辛くなってしまうところだ。
それは、あくまで「時々」だけど。
あと……、ついでに言うと、大浦先生はそんなに「怖くない」というところが時として微妙だったりもする。
大学を卒業してからまだ間も無くて、俺ら生徒達とそんなに年齢も離れていないせいか、厳しく接することが苦手なようにも感じられてしまう。
元々、その性格が優しいってところもあるんだろう。
何せ、生徒からの恋愛相談に乗ってあげてるとの噂もあるくらいだ。
「良くも悪くも友達感覚が抜け切れていないだろうね」というのが、俺の幼馴染み氏のご見解だったりする。
恋愛相談の噂にしても、その幼馴染み氏から聞いたものだ。
そんなこんなで大浦先生の授業は、緊張感を保つのが難しい時があったりもする。
という訳で、今日の五限目の授業は意識を保つことがかなり大変だった。
平安時代の文学に関する授業だったんだけど、登場する単語の意味自体が俺にはサッパリ分からなかった。
もっとも、それは俺の予習不足が原因なんだけど…。
飛び交う単語の意味すら分からないことに加え、授業の中に登場した当時の風習は初めて聞くものばかりで、ホントに訳が分からなかった。
『方違え』などといった風習が登場したんだけど、それは当時の占い師である『陰陽師』が言うところの行ってはいけない方角だったりするらしい。
そして、当時の貴族たちはそれを真面目に信じていたらしい。
そんな話を聞かされても、そんなのって今の感覚とあまりにも懸け離れているから、どうしてもピンと来なかった。
ということで、古文の授業の内容は実に理解し辛くて、そして中々に頭へと入って来なかった。
そして、お腹の中に色々な惣菜パンがタップリと詰まっていたのも実に良くなかった。
購買部で売っている惣菜パンって、どれもこれも凄く美味しそうに見えてしまう。
茶褐色のソースをタップリと帯びたモチモチ麺が美味しさをアピールしてくる焼きそばパン、黄身と白身のコントラストが美し過ぎる玉子サンド、挟まれた大ぶりなソーセージが目を捉えて放さないホットドッグなどなど、購買部の前で眺めているだけでお腹が減ってしまうようだ。
それを昼休み時に目にしたりすると、その魅力は更に輝いているように見えてしまうから不思議で不思議で仕方が無い。
だから、ついつい色々と買ってしまい、そして次々とお腹に納めてしまうのも止むを無いんだと思う。
おまけに今日は、普段は速攻で売り切れてしまう「スペシャルドッグ」まで買えてしまったのも良くなかった。
短めのコッペパンに切り込みを入れ、長いソーセージにキュウリやレタス、そしてゆで卵を挟んだボリューム満点の「スペシャルドッグ」は、飢えた生徒達の憧れの的なんだ。
激しい争奪戦の末に手にした「スペシャルドッグ」の味わいとそのボリュームは実に抜群だった。
そして、今日の午後は十分、いや、十二分にお腹が満ち足りていただけじゃなかった。
窓から吹き込んで来る微風がとにかく心地良かった。
その温度は暑くもなければ冷たくもないって具合だったし、その強さはふわりと肌を包み込むって感じで、まさしく絶妙と言ったところだった。
そんな心地良い微風の仕業で、俺はとことんリラックスさせられてしまったのだ。
こんな状態で眠くなるなと言うほうが逆にどうにかしてるってレベルだ。
寄せては返す眠気の波に必死の思いで抗っていた俺は、その眠気を紛らわそうとして、窓のほうへと視線を向けてみた。
「草葉も水もいと青く見え渡りたるに・・・」
大浦先生の滑らかな朗読が耳へと響き入る。
牛が引く車に乗って野山へに出掛けた時の話らしい。
そんな車って、よっぽどゆっくりと走るんだろうなと思った。
俺だったら、そんな車の中だと速攻で居眠りしてしまうに違いない。
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