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俺の席は窓際から数えて二列目、ちなみに後ろからだと二つめだ。
そして、俺の左隣である窓際の席に座っているのが、例の竺紫野琴羽という訳だ。
その顔には黒縁の眼鏡をかけ、その髪型は今時珍しく頭の後ろで一本にまとめた三つ編みだ。
彼女の髪が湛える艶やかな黒が俺の目に飛び込んで来る。
窓から差し込む柔らかな陽の光が、そのしっとりとした黒を照り映えさせているようにも感じられた
校則で一応は禁じられているものの、多かれ少なかれ髪の毛を染めたりしてる女子が殆どである中において、竺紫野琴羽の艶やかな黒髪は、むしろ異質にすら思えてしまう。
そして、黒縁眼鏡の分厚いレンズが覆い隠す彼女の表情はいつもながらよく分からない。
一体何を考えているのか、さっぱり分かりかねるような雰囲気を漂わせている。
席が隣同士であるとは言え、そんな竺紫野琴羽と会話を交わしたことなど全くと言って良いほどに無かった。
クラスの誰かが彼女と話している場面を目にすることだって極めて稀だ。
男子はもちろんのこと、女子と仲良く話している場面すら見掛けたことはほとんど無い。
普通の女子ならば、クラスの中の女子グループのどれかに属していて、休み時間になったらグループの仲間とお喋りをするとか、あるいはお昼になったら一緒にお弁当を食べたりするものだと思う。
けれども、この竺紫野琴羽に至っては、どのグループに属してもいないみたいだ。
そして、休み時間やお昼は常に独りで過ごしている。
つまりは世に言うところのボッチな訳だ。
けれども、別に誰かから嫌われているとか、あるいは誰かと喧嘩しているからって訳じゃなくて、ごくごく自然に、自分の意思としてボッチであることを選択しているって感じだ。
そのボッチぶりから、寂しさや孤独さなどは全く感じられない。
まさしく堂々たるボッチだ。
そして、俺を始めとしたクラスメイトの面々も、そのボッチぶりを気にすることなど全く無く、そして自分から話し掛けてみようという気すら起こらない訳だ。
嫌悪感を抱いているとか、あるいは近寄り難い印象を竺紫野琴羽に対して抱いているって訳じゃない。
でも、彼女に話し掛けてみようという気が全く起こらないのだ。
どうしてそうなのかは全く分からないけど。
もちろん、何かの用事があって、話し掛けたりする機会は時々生じたりする。
例えば、授業中の小テストの際に隣同士で採点し合うよう先生から指示された時だったり、あるいは一緒に日直に当てられた時だったり。
でも、そんな時だって、竺紫野琴羽とは必要最小限の会話しか交さないんだ。
それぞれがやるべき事を淡々と確認し合い、それぞれがやるべき事を淡々とこなし、そしてやり終えたことを淡々と報告し合う。
それで何時の間にか全ては終了しているって感じだ。
そのついでに何か雑談を交わすなどといった事など一度たりともあった試しは無い。
会話を拒むような頑なな態度を彼女が取っているという訳でもないし、俺が彼女に対して素っ気ない態度を取っているという訳でもない。
必要なやり取りを交わしているうちに、余計な雑談を交す切掛が生じることも無く、ごく自然に物事が済んでしまっているといった感じなんだ。
そう考えてみると、雑談すら生じない彼女との関わりには何とも不可思議な思いすら抱かされてしまう。
そんな感じにぼんやりと考えを巡らしていた俺は、ふと気が付かされる。
竺紫野琴羽との係わりについて考えを巡らせたのって、実は今日この時が初めてだったということに。
高校に入学し、彼女と席が隣同士になってから、ほぼ1ヶ月が経過した訳だけど、彼女との係わりについて考えを巡らせたことなんて、実は今まで一度だって無かった訳だ。
窓の外の風景へと目を向ける風を装いつつ、俺は竺紫野琴羽の横顔をぼんやりと眺めていた。
いつの間にやら胸に芽生えつつあった困惑を持て余すかのようにして。
今にして思えばだけど、俺がそんな具合に竺紫野琴羽との係わりについて思いを巡らせていたことは何かの予兆だったのかもしれない。
竺紫野琴羽の向こう側、つまり窓の外に見えるのは、普段と変わらぬ退屈な景色だった。
五月の空は抜けるように青くて、その空にちらほらと浮かぶ白い雲は軽やかで、何とも言えぬ長閑な雰囲気を漂わせているように思われた。
何処からともなく響いてくる小鳥のさえずりが、その長閑さを一層際立たせているようにも感じられた。
それは何の変哲もない、いつもと変わらぬ平和で平凡な午後の情景だった。
そのはずだった。
けれども。
異変は静やかに、そして着々と迫りつつあったのだ。
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