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序 サツキから始まる物語
それはサツキから始まる物語。
凪の如く揺蕩っていた黄昏時の空気は、茜の残照が薄まり行くにつれて潮の薫りを纏った微風へと移ろいつつあった。
仄かな冷たさを纏った宵の入りの微風は、黒髪の少女の袖をいたづらに揺らし去って行く。
「クシュン!」という声が立て続けに響き渡る。
「どうしたの、トウヤ、ヒナ?」
声の主たちへと呼び掛ける少女の声は、仄かな驚きを帯びつつもしっとりとした暖かさもまた湛えているかのようだった。
彼はその様を所在無さげに、そして何処か戸惑いを抱き乍ら見遣っている。
彼方に見える凪の海原は、宵の風を受け止めて仄かに揺らぎ始めていた。
その有様は、猶予う時が緩やかに揺らぎ始める様をも物語るようにも思われて。
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