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アトリ 大きなブランコの中で
「フェイキーはブランコをこぐのと似てるけど、ハーフパイプでは四回こぐんだ」
一通り平らなところでの練習を終えて、わたしとカケルはハーフパイプへとやってきた。
「四回こぐ?」
ハーフパイプの中をいったりきたり、ブランコのようにこいで高さをあげていくことをフェイキーというそうだ。
「えーと。ブランコこぐときって、どういうふうにやってるか思い出せる?」
「ブランコこぐとき?」
想像の中で鎖を両手で持ってブランコの上に立つ。頭の中で前後にいったりきたりしてみる。そのたびにわたしは少しだけ屈伸をする。
「そうそう、屈伸してこぐだろ? それって、前に進むときに一回、後ろに進むときに一回の、あわせて二回じゃない?」
「あーそうかも」
「ブランコは鎖でつながって、一つの丸を描くみたいに動くけど、ハーフパイプは底に平らな部分があるから、その丸が二つにわかれてるわけ。だからわかれた丸でそれぞれこがないといけないんだ」
カケルはハーフパイプの中に入ると、実際にやってみせる。カケルの体がブランコのようにいったりきたり、こぐたびに高さが上がっていく。
「前に進む時の、のぼり」
壁に向かって進むカケルが、湾曲した部分で屈伸してグンっと高さをあげる。
一番高い場所で一瞬とまると、今走った所をそのまま後ろ向きで降りてくる。湾曲した部分で後ろ向きのまま、もう一度こぐ。
「後ろのくだり」
底の平らな部分を後ろ向きで進んで、後ろ向きのまままた壁に近づいていく。湾曲した部分に入るとそこでもこいで、さらに高さをあげた。
「後ろののぼり」
後ろ向きで上りきると、また一瞬とまって、今度は前向きに同じ場所を下りはじめる。そしてまた湾曲した部分でこいで加速していく。
「で、前のくだり。この四カ所。まずはこのこぎの感覚をつかむことだね。ぐんって、ちゃんと押す感じっていうのかな」
「後ろ向きで走るのって怖くない? こう、前であがって前でおりてって、ずっと前向きで走っちゃだめなの?」
「ああ、ターン入れるって事? それはそれで練習しなきゃだけど、まずはターンしないで、前、後ろってちゃんと進むのを練習しないと。後ろ向きで進むのって最初は怖いかもだけど、前に走るのと同じくらい普通にできないと、ハーフパイプは走れないから」
「そうなんだ」
「バックスケーティングはホントに大事だから。ハーフパイプじゃない、平らなところでも意識して練習したほうがいいよ。特に姿勢。ちゃんと肩を引いて、後ろを見る」
カケルは後ろに進むときの姿勢をその場でやってみせる。わたしも真似してみるけど、なんだか同じようにはできない。
「腰もひけちゃってるし、目だけ首だけで後ろ見ようとしてる。振り向く側の足を引いて、腰から上半身をひねって進むほうにちゃんと向けるんだ。ほら、首、曲げない。首も体軸にまっすぐのせる。そうしないと足が後ろにすっぽぬけるよ」
「うう、むずかしい。ただ立つだけなのに」
「まあ慣れだよ。この姿勢が自然にできるようになったら、フェイキーの半分はできたようなもんだから」
「後の半分は?」
「やっぱこぎかな? とりあえずやってみなよ」
わたしはおそるおそる、ハーフパイプの中心に立つ。スケートをはいて立つと、湾曲した壁がなんだか余計に高く見える。
「はじめてだから、とりあえずは試しに、テキトーに走ってみたら?」
「わかった」
ハーフパイプの外から声をかけるカケルにうなずいて、わたしは底の平らな部分を壁に向かって、歩くくらいのスピードで近づいていく。カケルがやっていたみたいに壁を前向きで上って、そのまま後ろ向きでおりるつもりだったけど、壁の湾曲した部分に入ってすぐバランスをくずして前のめりに転んだ。
「そうそう、いいね。転ぶときは前向きで。後ろにこけると危ないから。うまく転ぶのも大事」
「この曲がってるとこに入ると、うわわってなっちゃうんだけど」
「ははっ、そこがハーフパイプの一番大事なとこじゃん。それなかったらただの床と壁だから。そこでさっきみたいにこぐんだよ」
「えーむずかしいよ。すぐこけちゃう」
「やってればすぐなれるよ」
カケルの言ったとおり、しばらく走っていると体が角度に慣れたのか、すぐに転ぶことはなくなったけれど、ぐっという感覚をつかむどころじゃないっていうか、カケルのみせたようには全然できない。ブランコと同じようにスイスイできると思っていたのに。
「こぎってさあ、足の屈伸じゃん? まげとのばし、どっちだと思う?」
「え? まげてのばすんじゃないの?」
「ブランコこぐときを思い出してみて。こぐときって、足をぐーんってのばさない?」
「あ、そうかも」
「こぐタイミングがきた時に、足をまげて、のばして、なんてやってると間に合わないから」
「えーじゃあどうするの?」
「準備しておくんだよ。底の平らなところで、壁に入る前に膝を曲げておく。入ったらのばしてこぐ」
「あーなるほど。答えを聞いちゃったら簡単ね」
そうはいったけれど、言うのとやるのじゃ大違いだ。全然思ってるようにはいかない。ぐんってこぐ、その感覚が全然体に伝わってこないまま、ひたすら転倒をくりかえす。
「姿勢もくずれちゃってるよ。こぎの感覚はくだりのほうがつかみやすいから、最初はくだりだけに集中したほうがいいかもしんない」
「でもさ、くだるためには、まずのぼらなきゃいけないじゃん」
「ははっ、そういえばそうだね」
「もうーっ!」
嬉しそうに笑うカケルが、一瞬恨めしくなる。ううん、思ったようにいかない自分がもどかしいんだ。
「あははっ慣れだよ慣れ。やってるうちにできるようになるから。ほら、最初は曲面に入っただけで転んでたのに今は大丈夫だろ? 一回一回滑る度に、一つ何かを意識することが大事なんだ。そうすれば滑る度に、転ぶ度に確実にうまくなるから」
カケルの笑顔は、やさしい。
「大丈夫。できてる」
そう、難しくてもどかしいけれど、ちっともイヤじゃない。うれしくて楽しいんだ。
「うん。ありがと」
わたしが滑って、カケルが滑って。転んだり疲れたりする度に交代してハーフパイプを走る。
二人だけの朝の練習を重ねていって、わたしのフェイキーはだんだん高さがあがってきた。
そしてそのぶん、八月のカレンダーも進んでいった。
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