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アトリ 君の羽に映る空
涙を止められないでうつむいたわたしを置いて、カケルはだまってハーフパイプを走り始めた。
力強くフェイキーをするカケルの体はグングンとスピードをあげて、すぐにハーフパイプの上までいった。
カケルは軽やかにハーフパイプの上に立つと、下にいるわたしに声をかけた。
「アトリ、もう泣くなよ。トビウオ……みせてやるから」
そして勢いをつけて、ハーフパイプに飛び込んだ。
グン、グンッ。
曲面を走る度に加速するカケルの体は、ハーフパイプのてっぺんを抜けて少しずつ空中へと出はじめた。
落下のスピードを乗せて、カケルはさらに力強くこぐ。空へ向かう力がどんどん増していく。
ターンする度に、飛んでいる時間が倍、さらに倍と長くなっていった。
放物線の頂点で、カケルの目が鋭く次の曲面をにらむ。着地してすぐに、カケルはいままでで一番の、渾身のこぎを見せた。伸びるような加速。あっと言う間にわたしの目の前を、風を巻き起こしながら駆け抜けてく。
朝日が差し込み、ハーフパイプを照らした。その光の中でカケルの体は、空へと高く高く突き抜けていった。
「ヘッドオーバーっ!」
ハーフパイプの上に立つ大人の背を超えるような、大ジャンプ。
わたしのいる地面から六メートルの空の中にいるカケルは、右手で右足をつかんで、その足を空に突き刺すみたいに伸ばしていた。
そのポーズはまるで、羽を広げたトビウオみたいにみえた。
にぎやかだった小鳥たちの声も聞こえなくなって、ただスケートシューズのタイヤが回る音だけが聞こえる。カケルのエアーは空にぽっかり浮かんだまま、永遠に続くみたいだった。
それはカケルの気持ちが、空に広がってわたしを包むみたいで、わたしも空に触れた、そんな気がした。
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