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君を想う5
それから隣の部屋に移動した優也は二人分の珈琲を淹れた。
「あたしお腹すいちゃったんだけど何かもらってもいい?」
テーブルを挟んで向かい合う椅子に腰を下ろした優也は家に何があったかを思い出す。
「何もないけど……。あー、確かパンケーキ作るやつならあったような」
「毎朝パンケーキ食べてるの?」
「いや、そういうわけじゃないけど。でも美味いよね?」
「それは否定しない。ちなみにあたし、パンケーキ焼くのすっごく上手いの知ってた?」
「全く知らなかった」
「それじゃあキッチン借りるわね」
女性はコーヒーカップを持つと後ろのキッチンに立った。そしてパンケーキを作り始める。そんな彼女の後ろ姿を見ながら珈琲を一口飲んだ優也はあることに気が付いた。
「それとこのタイミングでこんなこと訊くのアレなんだけど」
「なに?」
「えーっと。君の名前ってなんだっけ?」
その質問に女性は優也の方を振り返った。一夜を共にしておきながら相手の名前も覚えてないとは怒られても仕方ない。その備えを心の中で秘かに行っていたがそれは無駄な心配に終わった。
「そう言えばあたしもあなたの名前知らない」
「というか僕達って名乗ったっけ?」
「さぁ? それすら覚えてないけど……」
すると女性はフライ返しを片手に優也へと近づいた。
「今、名乗れば問題ないでしょ。あたしは小南夏希」
「本条優也」
「初めまして、じゃないけどよろしく」
そう言いながら夏希は手を差し出しそれを優也は握り返した。握手を交わすとすぐにキッチンへ戻った夏希はそれから少しして見事な焼き加減のパンケーキを作り上げた。その目の前に出されたこんがり焼けたパンケーキを早速、一口サイズに切り口へ運ぶ。
「確かに美味いし上手い」
「なに上手いこと言ってるの?」
夏希はこの返しはどうだと言わんばかりの表情を見せる。顔を上げた優也はそのドヤ顔とも取れる表情の夏希と少し視線を交わすと思わず吹き出した。
だがそれは彼女も同じで二人してフォークを片手に笑い声を上げた。優也自身しょうもないことは分かっていたが自然と笑いが零れ、同じように笑う彼女を見てるだけで楽しかった。
「これはきっと昨日の酒が残って悪さしてるんだ」
「そうね。そういうことにしときましょ」
そう言ってまだ酒と共に残る謎の笑いを堪えながらパンケーキを食べ進めるが、美味しいことも相俟ってあっという間に食べ切った。だが一枚だけでは大人の小腹は満たせないらしい。
「もう一枚ぐらい食べたいかな」
「あたしも。――それじゃあ次はあなたが作ってよ」
夏希はフォークを力無く優也に向けながらそう言った。
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