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君を想う9
「それじゃあ、何だろう……。――仕事お疲れ様」
グラスを持った優也だったが何に乾杯していいかパッと思い浮かばず結局平凡な言葉での乾杯になってしまった。
「今日も頑張った社会人に乾杯」
最終的にこの世知辛い社会で今日も頑張った全ての人へという壮大な対象への乾杯になったが、何に乾杯するかは優也にとって関係なくただ彼女とまたこうやって飲めることを嬉しく思っていた。だが表情として表に出たのはそんな想いはほんの一角だけで、二人のグラスは心地好い音を立てた。
お酒から始まった飲みの席は今夜も会話が弾んでいたが、前回とは違って話題は蛇希ではなくお互いの事。ラリーをするように質問を投げ合った。
「じゃあ仕事は何してるの?」
「IT関係の会社で働いてる。あなたは?」
「俺は……。その……」
「なに? 人には言えない仕事? 例えば秘密情報機関のエージェントとか」
「ジェームズボンドとか?」
「そうね。もしくは殺し屋」
「あー。ウィック?」
「あとはバーコードの人」
特徴だけを言った夏希に対して優也は頷きながら名前を言わずとも分かるというジェスチャーを見せる。
「じゃあ俺はライバル会社に雇われたって? 君はそれほど優秀ってこと? 殺さないといけないほど」
「そういうことになるわね」
別にバカにしている訳ではないが優也は思わず笑ってしまった。
「何で笑う訳? あたしが優秀だったら変?」
「いや。いや、そういうわけじゃないよ。ごめん」
言葉の後に出し切るように少し笑うがまだ笑みは浮かんだまま。
「でももしそうなら最初の日にそのチャンスはいくらでもあったと思うけど?」
「まぁそうね。じゃあその可能性はないってことで。それでほんとは何やってるの?」
「――フリーター」
そこには自信の無さが声の小ささとして現れていた。
「何かやりたいことがあるとか?」
「いや。逆にやりたいことがない」
「それじゃあ見つかるといいわね。やりたい事」
「そうだね」
「じゃあそうね」
優也とは違い特に表情を変える事の無かった夏希は、切り替えるように手を一度叩くと次の質問に移った。
「休みの日は何してるの?」
「休みか……。映画観たり音楽聴いたりマンガ読んだりゲームしたりとか……そんな感じ」
「家の中が好きなのね」
「でも全然外も好きだよ。散歩したり景色を眺めに行ったりするし。そういう君は?」
「あたしは家にいる時は本読んだり音楽聴いたりとかかな。あと買い物するのも好きだし、というより色々な物を見て回るのが好きかな」
「本って小説とか?」
「そうね。あとは学術本とかをたまに」
「なるほど。さっきの優秀は本当ってわけだ」
「やっと分かってもらえたみたいね」
「僕が雇われた殺し屋じゃなくてよかったね」
「命拾いした」
「じゃあ次。えーっと。好きな食べのは?」
「卵料理。玉子焼きとかオムライスとかそういうの。あなたは?」
「んー。カツかな」
……
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