第二章

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「……ただいまー」  悠斗が心春と母親に会った後、二人でしばらく過ごしてから、帰って来た。 「あ、伊織、おかえりー」  父さんが顔を出してくる。 「今朝すごく頑張って掃除したんだって?」 「……まあ」 「由紀さん達が褒めてたよ。あ、じいちゃんもね」 「ん……」  頷きながら。なんだか、ため息が零れる。玄関に腰を下ろしたまま、やる気無く、スニーカーの紐を解く。  動かないし、返事も適当なオレが気になるのか、父さんが歩いて近づいてきた。 「なんか元気ない?」 「……んー。まあ、色々考える事があって」 「悩み事?」 「んー……」  悩み事って言っても。何だかな。  何とも言えない、この気持ち。何の解決策も無いのも分かっているし。父さんに言う気もしない。 「なあ……父さん」 「うん?」 「地縛霊みたいなのを……移動させることって、出来んの?」 「うーん……霊によるかな。霊と能力者の波長みたいなのもあるし。昔、地縛霊みたいにそこにしか居られない霊が、父さんの側に居る時だけ、別の場所に移動できた事があったけど」 「可能なんだ」 「……でもやっぱりそれは特殊かな……。ある場所に居るって事は、その場所に強く思いがあるって事だから。普通は動けない事が多いし。父さんも別に、動かそうとした訳じゃなかったんだよ。勝手についてきた」  苦笑いの父さん。 「何の話だ?」  後ろからじいちゃんが現れた。 「大したことじゃないよ。ありがと、父さん。腹減った。昼は?」  オレは靴を脱いで立ち上がった。 「もうすぐ出来るよ」 「サンキュー」  そんな会話でじいちゃんの側を通り過ぎながら洗面所。手を洗いながら考える。  じいちゃんにこんな話聞かれたら、地縛霊みたいのを動かすとか、絶対止められるに決まってるし。  別に。……絶対、しようと思ってる訳じゃ、ねえし。ちらっと少し、考えただけだし。  台所に行くともう出来上がってて、配膳を頼まれる。  じいちゃんはもう座ってたから、目の前に並べていくと。 「伊織、明日は高校初日だろ」 「ん、そー」 「……また先輩に目をつけられて喧嘩なんかするなよ」 「オレからしてるんじゃねえし。しかも、オレが本気でやったら死んじまうから、もうほんと、避ける時に触る位しかしてねえよ」 「却下。お前は手を触れてはならん」 「黙って、殴られろっつーの?」 「わしから逃げる時の逃げ足の速さは何のためにあるんじゃ。逃げろ」 「はー?? んな恥ずかしい真似……」 「恥ずかしいのは、何度も学校に呼び出される、清士郎じゃ!」  オレに続けて皿を運んできた父さんは、ぷ、と笑ってる。 「伊織が悪いんじゃないし。先生方も分かってはいそうだったよ。伊織君は絡まれてるだけなんだけどってよく言ってたし」 「絡まれてだろうが、喧嘩して先輩に勝って、敵知らずなんて噂がついて、中学では、もはや番長のような扱いだったろうが。恥ずかしいから、高校では大人しくしとけ」 「つーか、この茶髪がいけないんじゃねえの。染めてもないのにさ。……いっそ真っ黒に染めるか……」  思っても無い事を言うと。  隣で父さんが、珍しくめちゃくちゃ嫌そうな顔をしている。 「……それは母さんと同じ綺麗な髪だから。そのままでいて欲しいような……あ、でも伊織が黒くした方がいいって言うなら……」  最後の方は、父さんが寂しそうに言う。まあ、案の定だけど。  オレは、もう何度かしてるこのやり取りに、苦笑いが浮かんでしまう。 「……ていうか冗談。染める気ねえよ」  オレが言うと同時に、じいちゃんの声。 「お前は髪より、その耳飾りじゃ!! みっともないからやめんか!」 「耳飾りって……すげーカッコ悪いんだけど。ピアスって言えよ。あの高校、成績重視で、割と自由なんだよ。ピアス、OKなんだって。いーじゃん、似合うだろ」 「だからそういうのが目立つんだろうが!」 「いいよもう。目立とうがどうだろうが……人目なんか気にしてらんねえし」 「気にせんから、絡まれるんだと思わんのか」 「あーもう。 絡む奴らが悪くねえ? 大体、中学ん時なんか、オレがモテるからって、男の先輩にやっかまれてたっつーのもあるし」 「まあ、そこはじいちゃんに似てるのかもしれんが」  うんうん、と笑ってるじいちゃんに、は?と父さんを見る。 「じいちゃんモテたの? うそだろ?」  さあ……?と笑った父さんと一緒に、その後、延々、ほんとか分からないモテ伝説を聞かされながらの昼食になった。
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