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 今日の美術の授業はアクリル絵の具を使った制作だった。三年生にもなると美術を真面目に受ける人もおらず、なんとなく制作をしつつ、友達と談笑しているところが多い。非常勤の先生もそれを咎めることはなく、席を見回ったり、アドバイスをしたりしている。  授業の時間が終盤になると、流し台で片付けを始める人が増える。片付けようと、筆と濁った水の入ったバケツを持って流し台へ行く。バケツの水を流すと、青色と茶色が混じり合いながら排水溝へ流れていく。その途中で、赤色が突然混じる。 「晴子」  赤色を流したのはまどかだった。 「どうしたの?」 「私、昨日のこと、やっぱもやもやする」  昨日のこと、と言われて、すぐにピンと来るものはなかった。何も言わずにいると「晴子と、水谷くんのことだよ」と教えてくれる。どうやら明奈ちゃんのことらしい。 「なんでまどかが」  なんだか真面目な空気にしたくなくて、すぐに「え、まどかも?」とからかうように続けた。「なわけ!」と大きな声が返ってきて、思わず笑ってしまう。けれど、そんなおどけにも動揺せず、まどかは真剣な顔なままだ。 「このままさ、二人が付き合ってもいいって思ってるの?」  バケツを水道の水で洗いながら、そう聞かれる。私も止まっていた手を動かし、バケツを洗う。 「うん、いいと思うよ」  そう答える。本心からだった。水谷と、明奈ちゃんが付き合う。十分にあり得るだろう。それが悪いことのようには思えない。  なんでそんなに、とまどかは呟く。目を合わせないまま、話を続ける。 「晴子の気持ちは? 好きなんだと思ってたよ」 「え、誰を?」 「水谷くんのこと」  私にしか聞こえないほどか細い声で、耳打ちされる。黙っていると、まどかは蛇口を一旦閉め、バケツの水気を切る。 「どうなの」  問いかけはシンプルだ。その問いの答えはすぐに思い浮かばなかった。 「考えたこと、なかったよ」  それが逃げであると思ったのか、「ウソ」と言われる。「ウソじゃない」と答える。 「じゃあ考えてみてよ」 「そんな、わかんないよ」  まどかの口調は私を逃さないという雰囲気を醸し出している。これ以上聞かれても、答えは出せない。考えたことがなかったから。  しばらく沈黙が続いた後、「いつか」とまどかは決まりが悪そうに言う。 「おせっかいかもしれないけど、いつか、答えを出すときが来て、そのときに、晴子がつらくなったら嫌だって思ったから言ったの」  だけど、とまどかは続ける。 「晴子がそう言うなら、いいよ」  ごめんね、と私の顔を見る。まどかは他者のフィールドに入っていくことが多いけれど、でも引くときはきちんと引いてくれる。そういう潔さが好きだ。 「ううん、ありがと」  そう答えて、蛇口を閉める。流したはずの色は、もう透明に変わっていた。
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