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はっと目が覚めると、それと同時に目覚ましのアラームが鳴った。がしっとボタンを押して止める。その衝撃でがこ、と目覚ましが倒れる。
窓の外で鳥の鳴き声が聞こえて、さっきのは夢だったことがわかる。急激に視界がくっきりとして、靄がかかった夢の内容がすうっと抜けていくのを感じる。誰と話していたのか、どこにいたのか、わからなくなる。
むくりと身体を起こす。カーテンを開けると、外はもう明るかった。
「おはよう」
リビングに行くと、朝ごはんのいい匂いがした。今日は父さんが朝ごはんを作る日だ。パンと、目玉焼きと、サラダが並べられている。父さんはそれだけだと足りないのか、シリアルを準備していた。
「おはよう」
父さんが牛乳パックを持ちながらそう言った。
「もう少し遅く起きたら起こしに行くところだったよ」
「プライバシーの侵害だから、それ」
「家族にプライバシーも何もないだろ」
やれやれ、といった表情を浮かべた。
父さんは家の中でよくおどけて見せたり、俺に軽く冗談をいう時が多い。それはたぶん、母さんが亡くなってからだ。そういう父さんのことは、そんな嫌いじゃない。うざったく絡んでくると嫌になるけど、父さんが元気でいてくれるというだけで安心する。
牛乳パックを父さんから受け取り、コップに注ぐ。毎朝牛乳を一杯飲むのは習慣だ。牛乳飲まないと背高くならないよ、と母さんに何回も言われたからだろうか。
「さあ食べよう」
二人で向かい合い、「「いただきます」」と言う。
「そういえば、チケットもらったんだ」
「チケット?」
「海の方に水族館があるだろ」
「あぁ、あるね」
「それの入場チケットをもらったんだ。なんか、優待でたくさんもらったけど、期限が今月中だから行けないって。僕と宙杜の分、二枚もらったから。あげるよ」
机の端に置いてあった白い細長い封筒をこちらに寄せた。
「一緒に行くの? 休みだったっけ?」
「休みじゃないから、誰か誘って行ってきな」
「いや、部活あるし」
「日曜はなかったはずだろう?」
「そうだけど」
そんなこと言われても、今週の日曜空いてるかと聞いて来てくれる人がいるだろうか。みんなそれぞれ予定があるし、最近まで怪我していた俺の足だと気を遣わせてしまうかもしれない。そもそも、友達と二人きりでどこかに行くということ自体が気恥ずかしい。
「男友達と行くとか、むさ苦しいよ」
いらないよ、と言うように封筒を父さんの近くに寄せる。
「じゃあ、お隣の晴子ちゃんと行ってくればいいじゃないか」
飲み込んだパンがつまり、ごほっごほ、と咳き込んでしまう。
「なんで」
佐野と、と言う前に、父さんはにこにこしながら話し出す。
「母さんが亡くなったとき、晴子ちゃん、すごく気にかけてくれただろう?」
目玉焼きを器用に箸で割りながら、嬉しそうに話す。
「あのときつくってくれた卵焼き、一生忘れらんないよ」
泣いちゃうよ朝から、と言いながらすすり泣く真似をしている。目玉焼きを一口サイズに切り分けながら、大切にしている記憶を思い出す。それは、まだ俺が佐野のことを「ハル」と呼んでいたときのことだ。
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