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「水谷」  名前を呼ばれ、立ちながらうとうとしていたことに気付く。 「大丈夫? 席、空いたよ」 「いや、大丈夫」 「疲れてるんじゃないの」  不安そうな表情を浮かべながら、佐野は言った。 「足も治ったばっかだったのに、よかったの?」 「心配しなくていいって。俺が来たかったんだし」  不安げな顔はなくならない。その不安を解きたいのに、なぜか笑みがこぼれてしまう。 「え、何?」 「心配そうな顔してるから、なんかおかしくて」 「こっちは真面目なのに」 「わかってる、わかってるよ」  俺が笑うと、佐野は少しふくれる。そして可笑しかったのか、佐野も微笑む。そんなやり取りをしていると、水族館の最寄駅に到着した。 「水谷、私服そんな感じなんだね」  ホームに降りて、階段を上りながら佐野が話し出す。 「そんな感じ?」 「うん、なんか、こなれてる感じ」  いい意味だろうか、とちょっとドキドキする。 「俺こそ、佐野が私服でビックリしたよ」 「そりゃ制服で来るわけないじゃん」 「まぁそりゃそうか」  少し笑ってそう返した。似合っているね、とは口に出せなかった。  水族館の受付でチケットを見せて入場すると、館内はほどよく暗く、青々とした空間が広がっている。 「なんだか涼しい」 「そうだな」  ちょっとずつ、会話をしながら歩いていく。 「ウミヘビ、いるかな」  そう聞かれて、いつか話した星座の話を思い出す。 「実際には見たことないなぁ」 「私も」  魚たちが展示されているところを見ていく。小さな子どももたくさんいるので、その間を縫うように二人で歩いた。手を繋いでいるカップルを見かけて、佐野の手の辺りを思わず見てしまう。 「わあ」  佐野の声が聞こえて、顔を上げる。大きな水槽の展示が目の前に広がる。小さな魚が群になって泳ぎ、キラキラと光る。そこを大きな魚が悠々と泳いでいる。魚の名前はよく知らないのに、その魚はずっと昔にも見たことがあるような気がした。 「すごいね」  小さな子どもたちの邪魔にならないところで水槽を眺める佐野の隣で、同じように魚を見る。どこか絵画のような、作られた水槽を見ていると、きれいだな、という感想しか出なくなる。 「なんでエイってあんな顔してるんだろう」 「あんな顔って?」 「なんか、嬉しそうな顔してるじゃん。あれ、顔なのかな」 「わかんねぇけど、確かににやついた顔してるな」 「私、魚になるならエイになりたい」 「え、なんで?」 「あんな風にニコニコされたら、みんな『仕方ないなぁ』って許せそうじゃない?」  ニコニコ、と指でくい、と口角を上げてこちらに見せつけてくれる。わかったわかった、と言うと、頬をぐにぐにとしてもとの位置に戻す。 「もうちょっと私に愛想があったら、色々とうまくいく気がするんだよね」  あと器用さ、と付け加えて水槽を見る。エイを目線で追っているのか、瞳は動いている。 「じゃあまずは俺に愛想を振り撒くことから始めたら?」 「え、それはなんか嫌」 「なんでだよ」 「だって振り撒いてること、わかるでしょ? いつもの私と違うのすぐバレそう」 「じゃあ今日は愛想よくしてよ」 「うーん、ずっとニコニコしてればいいのかな」 「まぁそれはそれでちょっと変かも」 「ひどい! そっちが言ったのにさ」  悪い悪い、と笑いながら謝ると、佐野も笑ってくれる。こうやって話していると、小学生に戻ったかのように思えてくる。何気ない会話と、いじわるを言い合い、結局笑えてきてしまう雰囲気。楽しいな、と単純に思った。
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