2

5/5
前へ
/34ページ
次へ
 水族館を出て、すぐに帰るのはもったいないという話になった。調べたら近くにカフェがあったのでそこに決めた。  いらっしゃいませ、と店員さんに案内され、窓際の二人席に歩いた。 「水谷ってコーヒー飲めるの?」 「飲まない」 「飲めないの間違いでしょ」  そうやってからかうように笑うので、俺はふてくされながらメニューを取る。 「何か食べたい?」 「何があるんだろう」  そう佐野が覗き込むので、メニューが見えるように寄せる。佐野がメニューを少し見て「水谷も見なよ」とメニューの角度を二人が見えるようにする。どちらも見えるようにしたため首をかしげなければいけなくて、そうやってしている佐野がなんだかおかしかった。 「お腹空いてる?」 「まあまあ空いてる」  どうしようね、とメニューに何があるかを目線で辿っている。 「おいしそう」  指を指したのは、オムライスだった。 「水谷は決めた?」  そう聞かれて、俺は佐野ばかりを見ていたことに気付く。なんだか恥ずかしくなって急いでメニューを見ると、佐野が指差していたオムライスが目につく。 「オムライスにする」 「そっかぁ。卵料理好きだね、子どもっぽいよ」 「うまいからいいんだよ」  それはそうだ、と佐野はあははっと笑う。 「私もオムライスにしよ」 「佐野もお子さまじゃん」 「おいしそうだからいいの」  そんな問答をしているのがおかしくて、つい笑ってしまう。「店員さん呼んでいい?」と聞くと、うん、と頷いた。 「ご注文お決まりですか」  テーブルにやってきた店員さんに「オムライス二つ」と言う。 「ドリンクはお付けいたしますか?」 「あ、はい。この、ぶどうスカッシュで」 「メロンソーダ一つ」  それぞれが飲みたいものを頼む。昔から佐野はメロンソーダが好きだ。メロンパンもよく買うし、かき氷はいつもメロン味を買っていた。本物のメロンは嫌いだと言って給食で残そうとしていたことがあるので、メロンとついている食べ物が好きなんだろうなと思う。 「楽しみだね」  店員さんを見送りながら嬉しそうに言う。 「うん」  そんな相槌を打つと「そういえば」と佐野は切り出す。 「足の調子はどう?」 「結構いいよ。違和感もないし」 「そっか。結果、楽しみだね」  そういうことを言われるともっと頑張らないとな、とやる気が出てくる。 「推薦もあるし」 「え!?」  当たり前のように推薦のことを言うので、素っ頓狂な声が出る。 「え、そうじゃないの?」 「いや、それ佐野に言ったっけ?」 「上山先生が嬉しそうに話してたよ。去年部長になった頃かなぁ」 「マジか」  推薦の話を家族以外には言ったことがなかったので、そうやって知られているとは予想外だった。 「みんな知ってんの?」 「たぶん知らないんじゃないかな。二人でいるときに聞いたし、部長だから言っとく、みたいな感じだったかも」 「なるほど」  そのことに驚きながら、テーブルに置かれた水を飲む。なら、俺が私立に行くかもしれないことを知っているんだ。佐野は必ず公立高校がいいと言っていたので、俺が私立を選べば違う高校になるかもしれないことも。 「頑張らないとだね」  そうやって何事もないように応援してみせる。俺がどこの高校へ行こうと、佐野には関係ないんだなという寂しさが襲ってくる。 「そうだな」 「すごいよね。そうやって記録が残せるの」  私なんてまだまだだね、と付け加えた。 「俺は」  つい言葉が出てしまう。言うつもりは全くなかった。 「俺は?」  続きを促すように言うので「佐野がすごいと思うよ」と素直に思っていることを口に出す。佐野は動きを止めて、瞬きをしている。 「陸上部に入ったの、佐野のせいだし」 「え、私のせい?」 「小学校の陸上記録会、走ってんの見て、陸上やってみたいって思ったのがきっかけだから」  言っていて、すごく恥ずかしくなり声はどんどん小さくなっていく。  小六のときに陸上記録会があって、そこで佐野は百メートルを走っていた。それまではずっとサッカー部に入ろうと思っていたのに、その走りを見たときに、俺もああやって走りたい、と感じていた。決して速いわけじゃない、けど、誰よりもその姿がかっこよく見えた。 「前はそう言ってなかったのに」 「そんなぺらぺら話すことじゃないし」 「えー、でも、そっかぁ。なら私、いいことしたね」  嬉しそうな顔をして、水の入ったコップを揺らしている。 「そうかもな」  笑って頷く。話すことが少なくなっていたあの頃、どこかで佐野と接点を持ちたいとも思っていたことは言わなかった。
/34ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加