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佐野と上山先生、吉川と柴山たちとの話し合いは思ったよりも早く終わったらしい。佐野と吉川が昇降口から出てきて、校庭に歩いてくる。柴山たちはいなかった。
「退部でもすんのかね」
部活は外周を走ることから始まる。横で走っている篠崎が何気なく言う。さぁ、と呟くように答えた。
「真理が部長だったらやばかっただろうなぁ」
篠崎は軽く笑う。「本人も言ってたな」と言うと「やっぱり」とまた笑った。
「てかさ、水谷ってほんとに部長と付き合ってないの?」
何回も聞かれたことだから、ねぇよ、とだけ答える。篠崎は俺と佐野の仲が随分気になるらしい。
「マジか。じゃあもしかしてもあり得るわけだな?」
「もしかしてって?」
「部長じゃないヤツと付き合うのもあるってことだよ! このモテ男!」
肩を軽く叩かれて、少しだけバランスを崩す。外周を走り終え、みんながスピードを緩めていく。本格的な練習に入るために校庭へ歩いていく。
「はぁ? 知らねぇよ。そのときになんなきゃ」
「すぐ来るかもしんねーぜ?」
「お前な、からかうのもいい加減にしろよ?」
たしなめるように言うと、「はいはい」とわかったのかわからないような態度で返事をした。
部活が終わってから、佐野を誘うこともなく歩いて帰っていた。これまでは怪我の言い訳ができたけれど、もう怪我はすっかり治っている。一緒に帰る必要もないだろうと思い、一人で帰路に着いていた。
学校を出たところで、「水谷」と声をかけられた。立ち止まって振り返ると、学校と帰り道をつなぐ階段の上でジャージ姿の佐野がいた。たったった、と駆け下りてきて、俺の横まで来る。
「どうかした?」
「え、いや、別に用事っていう用事はないけど」
顔をそらしながら言われる。佐野の耳から首筋の辺りが見えて、 また背が伸びた気がした。
「家近いのに、後ろから歩いてたらつけてるみたいで嫌なの」
そういうことか、と納得した。
「今日の話し合い、どうだった?」
部活中は遠慮していた質問をしてみる。
「辞めるのも選択肢の一つとしてはあったと思うけど、今の時期に部活抜けるのも気が引けるみたいで、なるべく部活は参加していく方向性になったよ」
そうか、と心の中で相槌を打つ。それが部内の空気にどれくらい影響するのか察しはつくが、相手の意思をねじ曲げようとするほど佐野は酷じゃないだろう。
「ごめん、俺何もできなくて」
「大丈夫だよ。じゃあ代わりにいい成績残してよ」
その代の部長として語り継がれるかも、とおどけるように笑う。
「わかったよ」
「いや、嘘だって。また怪我しないようにしてね」
「そうだな」
「……ほんとはね、真理の気持ちも、凛の気持ちもわかるんだ。だから、複雑」
言いづらそうに佐野は続けた。きっとそれが本音なんだろうと思った。
「私がもっときちんとしてればなぁ」
そうやってぎこちなく自嘲する佐野に、どんな言葉をかければいいのかわからなかった。
「佐野は、しっかりしてるよ」
そんな曖昧すぎるフォローをする。うーん、と困っているような返答をされた。もっと何かないかと頭の中を探して、見つかった自分の気持ちを伝えることにする。
「それぞれ考えるところが違うんだから、仕方ねぇよ」
ぴたり、と佐野は歩くのをやめる。それに合わせて、俺も足を止め、少し後ろに立っている佐野を見る。一瞬の間の後、佐野は話し出す。
「そう、だけどさ。でも部としてはこうするって統一させなきゃ」
「それはそうだけど、でもそれって難しすぎるだろ」
あれ、と違和感を覚える。佐野は俺の発言を拒むように続ける。
「難しい、けど、それをまとめるのが部長の役割じゃないの?」
「それぞれの事情に深入りすんのは大変だって話だよ。そんなことしてたら佐野がぶっ倒れちまう」
「そんなこと言ったって、聞かなきゃわかんないもん。さらっと流せるほど、器用じゃない」
「いや、俺が言いたいのは」
予想以上の大きな声が出た。びくっと佐野の肩が震えた気がした。少し咳払いをして、声を抑える。
「佐野が、大変そうって、そういうこと……だから」
こんな会話の流れは想定していなかった。会話がどこか嚙み合っていない気がする。伝わったのだろうか、と思って顔を窺う。
「……そっか」
何の受容なのかはわからなかった。ただ「難しいね」と佐野は言い聞かせるように呟いた。あまりにも切なそうな顔で。
自分が何をしたのか、その反応でぼんやりと理解する。けれど、すぐに取り繕えるほど俺は器用じゃなかった。
佐野はすっとうつむく。
「私、ダメだね」
震えた声。何かを押し殺そうとする声だ。そういうことを言いたかったわけじゃない。「佐野」と名前を呼ぶ。近くに寄ろうと足を踏み出して、佐野は横をすっと通り過ぎる。
「ごめん、先帰る」
心配になって、佐野の手を掴もうとする。そのとき、すっと母さんの夢が頭をよぎった。掴んでしまったら、どうなるのか。一瞬の迷いのうちに佐野は手が掴めない距離まで歩いていってしまう。
取り残される。帰り道はもう夜だ。常夜灯は所々に道を照らし、たまに通る車のサーチライトが眩しかった。
いつも、そうだ。大切な人に伝えたいことは、言えずにいる。でもその弱さに甘んじていたい、とも思ってしまう。言ってしまえば、わかってしまえば、崩れてしまうものだってこの世の中にはあるはずだから。
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