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 昼休みに、約束した場所である屋上前の踊り場で待ってると、階段を上がる足音が聞こえた。この踊り場はあまり人が通らないので、昼休みなのに授業中の廊下のような静けさがある。 「遅くなってごめんね」  今永がいつも通りの優しげな声で言う。 「いや、大丈夫」  手すりに体を預けるのを止め、姿勢を正した。制服姿の今永は目の前に立ち、次の言葉を待っている。 「前言ってくれたことだけど」 「うん」 「ごめん、俺、今永の気持ちには応えられない」  そう言っても、今永は特に表情を変えることなく、そっか、と頷いた。 「ありがとう。考えてくれて」  ふっと微笑む今永の感じが、いつも通りのような気がして、でも俺はこの優しい人を拒んだんだと胸が痛む。 「晴子ちゃんに告白しないの?」  当たり前の疑問と言わんばかりに聞かれて、驚いて今永を見る。 「わかってたよ。けど、言ったの」  わかっていた。それは佐野への気持ちのことだろうか。それを知っても、言える勇気はすごいと素直に思う。 「すごいな」  単純なその言葉を伝えると、「すごくなんかないよ」と謙遜するように言い、今永は階段の手すりに身体を預ける。  そうやって、好きな気持ちを素直に誰かに伝えることができる人を心底尊敬する。どうやったら、そうやって伝えられるんだろう。俺は怖がってばかりだ。「なぁ」と口が滑る。 「ん?」 「どうして俺を」  言いかけて、とんでもなくデリカシーのないことを聞こうとしているのに気づいて、口を閉ざす。手すりを触りながら、こちらに振り返っている今永が、ふっと口角を上げる。 「好きになったのか、って?」  言いたかったことを当てられて、まぁ、と曖昧な返事をした。俺の様子を見た今永はくすっと笑う。 「酷なこと言うね」  そうだ、ふった相手にそんなことを聞くなんてどうかしている。だけど、それを聞きたかったのも事実だった。どれだけの思いがあれば、気持ちを伝えようと決意できるのか。  今永は俺から視線をはずし、制服の袖のボタンを左手でいじりながら話し出す。 「きっかけはね、給食当番のときだよ」 「給食?」 「うん。左利きにはね、扱いづらいトングだったの。配膳で大変だったとき、水谷くんが代わってくれた。中一のときに」  そんなことしただろうか。全く覚えていない。 「その優しさが、嬉しかった。たぶんそれが、好きになったきっかけ」  俺が覚えていないほど、ささいなことを今永は大切に思ってくれていたらしい。俺の知らないところで、告白をするだけの思いを募らせていたことに、ありがたいのと申し訳ないのとで半分の気持ちになる。 「きっかけは覚えてるけど、気持ちを伝えようと思ったのは、今しかないって思ったからだよ。理由なんてなかった。たぶん理由なんて探してたら、一生言えないのわかってたから」  相手に好きな人もいたしね、と今永は階段の下を眺めながら、思い出話をするように話した。階段の下からふわっと風が吹き込み、スカートと髪の毛が軽く揺れる。 「好きな理由なんて、言おうと思えばいくらでも言えるよ。けどね、いくら理由を言ったって、好きな気持ちがあることには敵わないもん。どうしたって、言わなきゃ何も起こらないから」  だからさ、と今永はくるりと身体を回転させる。近くに来て、顔を近づけてくる。大きく丸い瞳が俺の顔を見据える。 「言わなきゃ、ダメだよ。きっと言わなかったことは、いつか違うタイミングで言ってしまうから」  ね、と可愛らしく笑う。今永は一歩下がり、じゃあね、と手を振って階段を降りていく。  言わなかったことは、いつか言ってしまう。俺が佐野に言いかけたあの言葉は、今言わなければもう口に出されることなんてないと思っていた。けれど、そうじゃないのかもしれない。予想もしないタイミングで、言ってしまうのかもしれない。  何回か瞬きをして、俺は階段を下りていく。言いたいことは、伝えなきゃいけないことは、自分の中にずっと前からあったんだろう。
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