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 部長と副部長として選ばれ、承諾したあの日。部活に向かうために二人で歩いていた。  部活で業務的な会話をしていたくらいで、中学に上がってからはほとんど会話を交わしたことがなかった。それは単純に話すことがなかったということもあるし、それぞれ違うクラスで友人を作っていた、男女二人で話せば何か言われるかもしれないとお互いに避けていたという理由もあるだろう。  小学生のときはほとんど変わらなかった背丈も、俺の方が高くなっていた。廊下を歩いていても会話はなかった。帰る生徒や部活に向かう生徒とすれ違う。  俺はさっきの話し合いで気になっていたことを聞きたかった。話す気配のない佐野に話しかけようとして、一瞬呼び名に迷う。二人きりになったら前みたいにハルと呼んだ方がいいのか。そう思ったけれど、頭の中で否定する。それはちょっと恥ずかしいかもしれない。「佐野」と名前を呼ぶと、「何?」とこちらを見ずに返答が来る。 「部長になるの、嫌じゃないの?」  そう聞いてみる。部長をするなんて、面倒くさいことじゃないのだろうか。少なくとも俺だったら率先してやりたいとは思わない。記録のためと言っていたが、無理をしていないかが心配だった。  しばらく黙った後、「ヒ……、水谷は」と一回呼び名につっかかって続ける。 「走るのに集中したいかなって思ったから。部長は私でもできるけど、早く走るのは水谷にしかできないことでしょ」  その返答に、思わず顔が赤くなる感じがした。理由が、俺のことを思ってのことだったからだ。部長なんて面倒な役割を、俺の記録を考えて引き受けてくれたこと。他に理由があったとしても、なんだか嬉しくてたまらなかった。  しばらく話していなかったから、もう嫌われたかと思っていた。こうやって友達の関係はなくなっていくんだろうと思っていた。けれど、こうして俺のことを考えてくれていることを知ると、関係性はなくなってしまったわけではないんだとわかる。 「どうしたの?」  いつの間にか立ち止まってしまっていたらしい。ふと顔を上げると、廊下の途中にある階段の上に、ブレザーの夏服を校則通りに着ている佐野がいる。白いシャツが日差しにさらされて、一つ結びの黒髪がなびいている。なんなんだ、という顔を浮かべながらこちらを見ている。  目が合う。血色があまりない唇なのに、どことなく魅力的なのはどうしてなんだろう。瞳は黒いのに、どこか空の青を吸い込んだ色をしているように見えた。あの目に映る俺は、少し青みがかっているのだろうか。 「佐野」  そう口が動き出す。足も動き出す。 「ありがとう」  そうやって感謝を伝えた。どういたしまして、と何気ない返事があった。 ――俺、佐野が好きだよ。  続く言葉は口に出さなかった。  たぶん佐野のことを好きだと思ったのは、あのときだ。
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