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部活の練習を終え、片付けに差し掛かったとき、後ろに人影があることに気付く。コーンを持ち上げてから振り向く。そこには私と同じ短距離女子の凛、由乃、恵の三人がいた。真ん中でニコッとしている柴山凛が「晴子ちゃん」と愛想よく私の名前を呼んだ。
「どうしたの?」
あとは片付けるだけ、というところで話しかけられて正直驚いた。話しかけられる心当たりがなかった。
「あのね、今日片付けお願いしてもいいかな?」
申し訳なさそうに言いながらも、その可愛らしい愛嬌は消えない。
「えっと、どういうこと?」
そう意味がわからず素直に聞くと、隣の由乃もごめん、と前置きをして話し出した。
「三人とも同じ塾通ってるんだけど、片付けまで残ってるとギリギリで時間に間に合わないんだよね」
受験の年と言うことで、塾に通っている人がいることは知っている。ただ、まだ最後の大会である中総体が終わっていないこともあり、学年全体はまだ受験モードに切り替わっていない感じだ。
塾を優先したいと言われてビックリすることはなかったが、あまり快くは受け入れられなかった。一人が片付けをしなくなると、みんなしなくなるような気がした。ダメ押しと言わんばかりに、おずおずと恵が声を出す。
「申し訳ないんだけど、塾も厳しくて…」
決まり悪そうに言われて、迷う。部長として、片付けをせずに帰られるのは部内の雰囲気を悪くしてしまう気がした。けれど、各々の事情はあり、それを止めるまでの権利はない気もする。
「わかった。じゃあ、今日は帰ってもいいよ」
「ほんと! ありがとう」
三人の顔がパッと明るくなる。なんだかいいことをしたような気分になる。
「じゃあ、よろしくね」
ごめんね、よろしく、と言い残して、私は取り残される。近くにいた後輩が、私の持っているコーンを見て「片付けますか?」と言った。大丈夫、と答えて部室に片付けに行く。
これからも、もしかしたらこういうことがあるかもしれない。顧問の先生に通した方が良さそうだな、そう考え事をしながら部室に入ると、土の匂いがした。中では真理が片付けをしていた。
「真理、手伝う?」
砲丸投げをしている真理は短距離などに比べて片付けるものが多い。加えて人数も少ないので、よく手伝っていた。
「あ、いや、もう終わる」
がちゃ、と音がして、真理が立ち上がる。私がコーンを所定の位置に置く。部室のドアがまた開く。少しだけ暗い部室に、夕方の風が入り込む。
「部長~、ここにいた」
篠崎くんがドアを開けたようだった。
「片付け終わったの?」
真理が部室を出ながら篠崎くんに聞いた。
「終わったからもう昇降口集まってるよ」
真理と篠崎くんが歩いていく中で、部室の鍵を閉める。昇降口に集まっているなら早く行かなければ。
「そっか、じゃあ私先生呼んでくる」
「お、ありがと~」
軽く駆け足をして、上山先生を呼びに行く。ポケットに入れた部室の鍵が、チャリチャリと音を立てた。
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