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 大会の日は快晴だった。熱中症に注意するように朝から何回も言われた。  自分の走りを終えて、部員たちの待機場所になっている応援席に戻る。タイムはいつも通りで、賞には届かなかった。それでも三年間続けたんだなぁ、と走り終えたときに思った。 「部長~もう始まってるよ、水谷の」  部員がいる場所まで行くと、篠崎くんに声をかけられた。先ほどまで走っていたトラックを見ると、男子の選手がたくさんいるのが見える。その中に水谷の姿を見つけた。少しだけ伸びた髪が風になびいている。表情はよく見えないけれど、肩も上がらず、いつものペースで走っているように見える。どうやら上位集団にいるようだ。 「ペースは自己ベストと同じくらいだし、このままいけばって感じだな」  タイムも計測してくれていたみたいで、ストップウォッチを見せてくれる。「ありがとう」と答え、トラックを見つつ指定された座席まで歩く。 ――『一位になったら聞かせて』  前に言われた言葉を思い出す。本当に、一位になるつもりだろうか。  タイムは刻まれ、安定した走りを見せていた人が失速したり、上がっていくタイプの人が速くなったりと、目まぐるしく順位は変わる。けれど、上位集団の中で真ん中ぐらいを走る水谷には、焦りも緊張も感じられない。楽に走っているように見える。  終盤に差し掛かり、違和感に気づく。あと何メートルだろう。右肩が少し落ちている。何回か走りを見たときにはなかったその違和感が、ひどく引っ掛かる。  もしかして、右足が痛むんじゃないか。痛む足が通常よりも深く沈み、右肩が結果的に落ちてしまうのではないか。途端に怖くなる。無理をしたせいで、怪我がまた再発したら。  怖くて、怖くて、その走りをじっと見つめる。不安が沸き上がるのに反比例するように、水谷はペースを上げる。ゴールはあともう少しといったときには、上位集団から一つ抜けた位置で走っていた。  お願い、無理しないで。一瞬目を閉じて、そう願う。  目を開くと、目の前に広がるトラックと、青い空が視界に入った。美術室のシンクに写る空を思い出す。水谷の走りはまるで、空の青さを借りて青い線を引いていくようだった。揺れ動くことのないまっすぐな線。この先もその実直な線を引いていくんだろう。だから、違和感が濁りになってあの線を歪ませてしまわないか心配になってしまう。 「やったぁ!」「すげー!!」  その声が、水谷がゴールしたことを教えてくれる。やったね、と真理が声をかけてくれて、頷く。内心、怪我は大丈夫なのか、わからなくて怖い気持ちでいっぱいだった。  水谷が息を整えて、しばらくするとこちらの応援席に気付いて手を振る。みんなが振り返す。私は何もできずに見つめていた。本当に、大丈夫なんだろうか。違和感は私の気のせいだったのか。  一通りの手続きを済ませて水谷が応援席に帰ってきた。みんなが声をかける中、私はその輪の中に混ざることができなかった。表彰があるから残らないといけない、といった話を上山先生としている。一瞬、視線が交差する。けれど、合うことはなく、すぐに離れていった。
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