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3
中総体が終わって、ほとんどの生徒が本格的な受験モードに切り替わっていた。部活内の引き継ぎも終わらせたところが多く、塾に行くメンバーも固定化されているようだった。
帰りの会を終えた後、日直の仕事を先生から頼まれていた。教室の壁に貼っていた新年度の抱負の紙を外し、この前のホームルームで書いたそれぞれの受験目標を掲示してほしいと頼まれたのだった。
「ごめん、晴子!」
まどかが隣で手を合わせる。日直として同じ仕事を頼まれたのだが、まどかは吹奏楽部でまだ部活があるため一人ですることになったのだった。
「大丈夫だよ。早く部活行ってきなよ」
「ほんとごめん。あ、そうだ。水谷くん」
後ろの席で帰りの会からずっと顔を伏せて寝ている様子だった水谷は、まどかの声によって起こされる。
「何?」
「晴子に日直の仕事任せちゃったんだけど、水谷くんももしよければ手伝ってほしい」
「え、いいよ、まどか。一人でできる」
「まあそういうことで、お願いね」
にこっと最後微笑んで、まどかは荷物を持って走っていく。さすがに日直でもない水谷に手伝ってもらうように言うのは気が引ける。水谷の方をチラリと窺うと、机の中の教科書をカバンにしまっていた。
「ほんと、手伝わなくていいから」
無理しないで、と付け加えると、水谷は私の方を見る。目が合うとひどい緊張感に襲われて、すっと視線を外した。
「いや、手伝うよ。勉強したくねぇし」
「ほんと、いいってば。また怪我しないか心配だし」
「いや、結局怪我したわけじゃなかっただろ。気にすんなって」
そう笑いながら言われても、私は笑えなかった。大会の日、水谷は軽い熱中症を起こしていたようで、足は大丈夫だったらしい。そう聞いても、心配な気持ちは拭い切れなかった。
私の様子を見た水谷は、あと、と続ける。
「大会の日助けてくれた、お礼も兼ねて」
と何気なく言う。私はどう返せばいいのかわからなくて、ありがとう、とだけ呟いた。
放課後の教室に、私と水谷だけ取り残されたような感じがした。机の上に乗らないと届かなかったので、さすがにその役割は私がした。上に乗って体勢を崩して倒れでもしたら、と考えたら怖かったからだ。最初は何に気遣ってか水谷は机の上に乗る役割をしたがったけれど、私が頑なに拒んだため折れてくれた。
掲示物の画鋲を取り、掲示物を椅子に置いて、画鋲を水谷に渡す。新しい掲示物をその場所に貼り、水谷から画鋲を受け取ってつける。
その作業の間、ほとんど会話はなかった。聞かせてほしいと言われたことも、私は結局答えていない。あの陸上競技場の出来事も、それについて互いに話そうとはしなかった。黙ったまま、ただ作業の呼吸は合ったまま、進めていった。
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