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「晴子ちゃん」
練習が終わってその声が聞こえたとき、またか、という言葉が頭に浮かんだ。
「どうしたの?」
いつも通りの声で応対しようとするが、少しだけ冷たいような言い方になっているのがわかる。
「今日も早く帰んないといけなくて……」
凛が小首をかしげながらこちらを見ている。
「もう三回目だよね」
そう言うと、凛の隣にいる由乃と恵は少しだけ怯む。けれど凛は動じず、相変わらずの微笑みを浮かべている。
「そうなんだよ、先生厳しくてさ」
「もう毎日早く帰るなら、上山先生に言った方がいいと思うよ」
「それが嫌だから晴子ちゃんに言ってるんだよ」
頼っている、と言わんばかりに笑う凛に、何を言えばいいか一瞬わからなくなる。
「でも、顧問の先生に言ってもらわないと私も困るんだよ。前も先生から色々聞かれたし」
二人はどうなの、と由乃と恵に目線をやるが、二人は居心地悪そうにしながら、それでも片付けをやろうとしないようだった。
「なんで先生に言うのが嫌なの? 今帰るついでに一緒に言いに行く?」
「だって言ったらそれくらいで帰るなとか言われそうじゃん!」
少し強く出られて、私は驚く。そんなの私は知らない、と思いながらも、続ける。
「そう言われるかもしれないけど、でも三人は理由があるんだから、それくらい」
我慢してよ、と続けようとしたら、凛のいつもの笑顔が崩れていることがわかる。
「お願い、先生を通すのはあんまり嫌なの」
お願い、ともう一度念押しされる。
「あんまり、受験前に先生との関係悪くしたくないし……」
隣で呟くように由乃が言う。「そうだよね……」と恵がそれに同調する。
何がそんなに引っ掛かっているのかはわからないが、それでも何回も抜けられるのは部としてデメリットしかない。
「じゃあ、明日は片付け参加してくれる?」
そう聞くと、「うん、わかったよ」としぶしぶ頷いてくれた。「明日は塾ないんだ」と恵が少しだけ笑う。これが今の妥協点なのかもしれない。毎回このやり取りをするのはさすがに面倒だとも思い、今日こそ先生に言っておこうと心に決めた。
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