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 必要だった醤油と卵、それにスーパーで安くなっていた野菜も買って家に急ぐ。マンションに着くころにはすっかり日も暮れていた。   家に帰ると、おばあちゃんはきちんと家に戻れていたようで、電気がついていた。今日はいろいろと疲れたなと思いながら、玄関で靴を脱いだ。お母さんの靴があることに気付く。急いで廊下を歩いて、リビングのドアを開ける。 「ただいま」  そう入ると、キッチンで準備をしているお母さんと、リビングのソファに座っているおばあちゃんがいた。 「おかえりなさい」 「おかえり」 「ごめんお母さん、今日遅番じゃなかった?」 「デイサービスの人から電話がきたから早く抜けてきたの」  少しだけ冷たい声が、私の身をすくませる。 「大丈夫よ、お義母さん、体調とかは悪くなかったみたいだし。ご飯はテキトーに買ってきたもので作っちゃうから」  包丁で何かを切っている。あの色はニンジンだろうか。今日はどうしようもなかった。だけどそれでお母さんに迷惑をかけたなら、それはよくないことだ。 「ごめんなさい。一応家になかったやつは買ってきたから」  そう謝ると、大丈夫よほんとに、と包丁を動かす手を止めた。「冷蔵庫に入れちゃうから」と私の持っていた買い物バッグを渡すように言われて卵が割れてしまわないように渡す。冷蔵庫に物をいれながら、何気なく言う。 「晴子も受験生なんだから、無理しないでいいのよ」  その言葉に、身体が凍ったように動けなくなる。言葉自体は優しいし、言い方だってきつくない。私の方を見ないで言われたその言葉が、ひどく頭に響いた。それでも何も気にしていないように返事をした。 「うん。手、洗ってくるね」  リビングと続いている自分の部屋に荷物を置いて、洗面台に向かう。蛇口を捻り、手を濡らしていく。  どうしてだろう。あんなに優しい言葉だったのに、こんなに涙が出そうになるのは。中学に上がって、お父さんが単身赴任になったとき、家事は手伝いたいと言ったのは私だ。デイサービスに通うおばあちゃんのこともあり、お母さんの負担が大きくなりすぎないよう少しでも助けたくて始めたことだった。  だけど、結果は余計に手を煩わせてしまっている。電話だって、一回は固定電話にかかってきたかもしれない。私が時間通りに帰れていれば、お母さんはバイトを抜ける必要だってなかったかもしれない。時間通りに帰れなかったのはなんでだろう。用具を片付ける時間が増えたからだ。ああなったのはなんでだろう。私がきちんと話をしなかったから、確認を怠ったから。辿れば私のせいになる。私が、いけなかった。お母さんはあんな言葉を言わなくてもよかったのに。  固形石鹸を手のひらに置いて擦ると、手が白くなっていく。石鹸の香りが鼻を刺激する。どうしてだろう。手が止まりそうになってしまうのは。なんでうまくできないんだろう。お母さんの迷惑になりたくなかった。手首まで洗う。部長として実力不足なのかな。先輩はもっときちんとしてた。私は、私は。  蛇口を開けると勢いよく水が出て、泡が流されていく。排水溝に少し泡がたまって、なくなっていった。手を洗い終えた後、タオルで手を拭こうとして鏡の自分と目が合う。洗面所の明かりはオレンジの光がついているのに、瞳には光が感じられない。  濡れたままの手で鏡に触れる。鏡の自分の目の辺りが水滴で歪む。そのまますっと鏡の上を水滴が落ちていく。まるで私が泣いているようだ。そう思って、すぐに手を離してタオルで拭き、近くにあったティッシュで鏡を拭いた。水アカになってしまったら掃除が大変だ。拭きながら、鏡に映った自分の顔がまた視界に入る。何をしているんだろう、私は。
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