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 見る人によってはやはりあの月も美しいものとして映るのだろう。夜空に浮かぶその輝き、月光が世界を照らし出し浮かび上がらせるその様に幻想性もしくは静謐さや儚さを感じるのかもしれない。  実際多くの芸術作品や文学作品の中で月というものは散々語られてきたし、「雪月花」なんて言葉だってあるくらいだ。やはり月は一つの美しさの象徴として人々の心を動かすのだろう。  それは僕自身も同様だ。  月光によって広がる世界は美しい。  そして美しければ美しいほどやはり僕はそれを嫌うことになる。  僕を見下ろす月は相変わらず無感情で、僕になんて何の興味もなさそうに見えた。  ベッドに寝転がったままぼんやりと眺めていると、不意に流れてきた雲の塊によって月が隠された。それに伴いその光も遮られ届かなくなっていく。  そのことに何故か少し胸が痛んだ。  そこで階下から母親の呼ぶ声が聞こえた。  どうやら夕飯の準備ができたらしい。  僕はベッドから起き上がると、窓のガラスを閉める。そしてカーテンを閉める直前もう一度夜空を見上げた。  月は未だ雲に隠れて見えなかった。
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