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『実桜ちゃんの字、桜に実るってさくらんぼみたい』
小学生の頃。友達と話した何気ない会話。
話に盛り上がっていると近くの男子が言った。
『さくらんぼはさくらんぼの樹にしかならないぞ。ただの桜に実らないから』
倉本は実らない方の桜だよ。
その男子に悪気がなかったのはわかる。たかが名前の話。
でもそれ以降落ち込む度に自分の名前を思いだすようになった。
中学の時、部活動で上手くいかない私は弓道場で一人残り落ち込んでいた。
『どうした』
鍵を閉めにきた佐島先輩が私に声をかける。
『今日の部活のことで落ち込んでるの?』
先輩が新品のタオルを渡す。
頬にあたる柔らかな感触につい言葉がこぼれた。
『私、名前通り駄目な奴だなって』
『名前通り?』
『昔、私の名前が実る桜でさくらんぼだって言われて喜んでたら男子に“実るのはさくらんぼの樹だけでただの桜に実はならない”って言われて。失敗する度私は実らない方だからって落ち込んじゃって』
私の話を聞いて先輩は言った。
『じゃあ倉本はこの世で初の実る桜だな』
『え?』
『実る桜が今まで存在しないなら倉本が初めて実る桜になればいいだろ。倉本は可能性を秘めてるってこと』
『なんですかそれ』
その言葉に笑ってしまう。
奇想天外な先輩の言葉は私の心を軽くしてくれた。
「弓道場で言ってくれた先輩の言葉に救われました。この名前を好きになれた。だから、先輩が自分を否定するようなこと言わないでよ」
「弓道場、名前……君は、倉本なのか」
「どうでもいいですそんなこと。とにかく、今から私が恋の矢を先輩に射ちます」
先輩に向けて弓をかまえた。
キラリ。
矢の先端部分のハートが光る。
「倉本? その矢の先端かなり尖ってるぞ」
「動くな。先輩を射ったら次は生徒会長を射ちます」
「言い方が物騒!」
「覚悟」
きゅるるると弦を引き先輩に向けて矢を放つ。
しかし先輩は迫る矢をかわす。
「ほれ追加」
豚の尻尾からもう一本矢を生成。しかしそれも避けられる。
「先輩ちゃんと当たって!」
「だって怖い!」
何度も外れる的に苛立つ私は「この意気地無しがー!」と目一杯弦を引き強力な一撃を放つ。
矢は先輩の襟の後ろ部分に刺さりぶら下がる状態で先輩は遥か彼方へ飛んでいった。
「うわぁぁぁぁ」
「せんぱーい!」
「まずヘタレ男の回収だ。女神はその後にするぞ」
先輩は縦横無尽に空を飛び優雅に八の字を画いている。
「どんな撃ち方したらあんな風になるんだよ達人」
「ち、力を入れすぎた」
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