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結婚と縁結び神社
勉強だけが取り柄だった私は、勉強だけをして、高校の国語の教員になった。
やっと、自立して、親を安心させられると思った。
働きながら、ある程度お金を貯めたら一人暮らしをしようと思っていた。
なのに、親は結婚の心配をし始めた。私のことを思ってくれているのはわかるが、次から次へと心配をされては、不器用な私は堪ったもんじゃない。
新任で、社会人一年目。今年で23になる。まだ、生徒に「兼森先生」と呼ばれることすら慣れない。学校や授業、教員としての生活に慣れるのに必死で、結婚なんてとてもじゃないが考えられない。
それでも密かに、憧れる先輩がいた。2つ年上の社会科の山澤徹先生。体育会系で、ジャージ姿が多い先生だ。男子バスケ部の顧問をしている。わからないことを聞くと、嫌な顔一つせず、丁寧に教えてくれる。高校の教員というより、小学校の教員をしていそうな元気で明るい所が好きだ。もっとこの先生から色んなことを学びたいと思ったし、私のことを好きになって欲しいと思った。教師として派手過ぎないように、けれど女性として意識して貰えそうなメイクを工夫したりした。
ただ、私は今日聞いてしまったのだ。数学の女性教諭、菅藤美琴先生と山澤先生の会話を。
それは、昼休み。数学準備室の前を通りかかった時のこと。
「麗子ちゃん、頑張ってるわよねー」
菅藤先生は女子バスケ部の顧問。バスケ部のことで山澤先生と話し合っていたようだ。私は女子バスケ部の副顧問をしているので、菅藤先生は私を麗子ちゃん、と下の名前で呼ぶ。勿論、生徒の前ではわきまえてくれているが。
朝パソコン上の職員共有フォルダの使い方が分からなくなり、ノートパソコン片手に山澤先生に質問をしたから、私の話題になったのかも知れない。
山澤先生は、そうですねと応えていた。
「凄く徹に懐いてない?」
そうですか? と山澤先生は応える。
「新任の若くて可愛い先生。好きになっちゃったりしないの?」
無いですね、山澤先生はきっぱりと言った。
私は自分がモテないことをわかっているので、仕方がない、と思う。これまで、告白なんてされたこともないし、恋愛する余裕も無くて、学生時代に自分から告白するといったことも無かった。
「可愛いなー、とか思ったりはするでしょ?」
菅藤先生はしつこいくらい山澤先生に質問している。
「無いですね。教えるのは良いですけど、兼森先生って、つまらないじゃないですか」
「……」
私は足音をたてないようにその場を去った。不器用な私にしては、よくできた対応だったと思う。
そして、今日は職員会議の日。放課後の職員会議の場で、決定的な報告があった。会議終盤、司会の教頭先生が山澤先生を指名し、彼が発言する。
それだけでも、昼休みの会話を思い出し、発言しようと山澤先生が立ち上がっただけで、私は嫌な汗をかいた。
「私事ですが、菅藤先生と結婚することになりました」
そう言われるのと同時に、菅藤先生も起立していた。
驚く先生と祝う先生が半々で、噂などで知っていた先生もいたのだろうと推測できた。
ふと、胸の引っ掛かりが一つ解れた。昼休み、菅藤先生は、山澤先生を一度だけ徹、と呼んだことを思い出した。二人きりだったからだろうか。
今更、そんなことに思い当たるなんて。
もっと早く気付け、自分。
憧れの先生に、つまらないと言われたこと。
憧れの先生が、結婚すること。
菅藤先生のことも。
部顧問として初めてでわからないことだらけの私に色々教えてくれたこと、感謝していたし、尊敬していた。
胸のあたりがもやもやする。
週一の職員会議の日はノー残業デーと決まっていて、終わら無い仕事は持ち帰るのだが、今日ばかりは学校にいなくて済むのは都合が良かった。
帰り道。俯いていた顔を少し上げ、信号で立ち止まる。停まっている間は楽だ。横断歩道の先の一点を見つめて、ぼーっとしていた。
信号が青になって歩き出す。
踏み出す足が、重い。後ろに残る足を、引きづるように、また踏み出す。体は重く、まるで歩行の仕方を忘れてしまったかのように、私の動きはのろかった。
これでは帰宅時間がいつもの何倍になることだろう。
さっさと歩かなければ。
遅れるわけにはいかない。
私はまた、何かに急かされるようにして顔を上げる。
今は、自分を急かすことが、無理矢理にでも体を動かす原動力になっていた。
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