朝の浜辺にて

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朝の浜辺にて

 朝日が降り注ぐ静かな浜辺を、一人の男が歩いている。  仕立ての良い真っ白なシャツに、黒いサテンのズボンを履いたその男は、頬に風を受けながら一人、ぼんやりと波打ち際を歩いている。  彼の名は高瀬川麗二(たかせがわれいじ)。日本でも有数の名門・高瀬川家の御曹司であり、父親が社長を務める巨大企業、高瀬川不動産の次期社長でもある。年はまだ二十三歳と若いが、すでに経営にも加わっており、その手腕は父親にも引けを取らないと早くから期待されていた。太陽の光を浴びて輝くさらさらとした琥珀色の髪と、物憂げな印象を与える灰色の瞳はどこか近寄りがたく、それでいて近づかずにはいられない神秘的な魅力を彼に与えていた。  世の多くの女性が彼に惹きつけられ、彼の元にはすでに多くの縁談が寄せられていた。ちょうど今朝も、新たな縁談が一件持ち上がったところだった。相手の女性は麗二と同じように良家の令嬢で、そのうえ容姿端麗、品行方正と評判の女性で、高瀬川家の妻として迎えるには申し分ない人であった。  だが麗二は、この縁談を受ける気にはなれなかった。それどころか、他のどの縁談も、麗二にとっては何の魅力も感じられなかった。  相手の女性が悪いのではない。これまで出会ってきた女性は、誰もが美しく、教養に溢れた素晴らしい女性ばかりだった。ただ、どうしてもこの人でなければならないと思えるほどの相手が見つからないのだ。  麗二は軽くため息をついた。立ち止まって目を細め、朝日の差し込む海を見つめる。  その時、浜辺の先からカモメの鳴き声が聞こえてきた。麗二は声のした方を向くと、怪訝そうにその方を見つめた。カモメの鳴き声自体は珍しくないが、今日はやけに騒がしく、いつもと違って感じられたのだ。  麗二はしばらく鳴き声のする方を見つめていたが、やがてその方に向かって足早に歩いて行った。
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